第9話
1-8
翌朝。
早めに登校すると、教室には幸葵くんの姿しかなかった。
びりっ
明るく呼びかけようとしたところを引き裂く音。
なんだか空気が読めなかった雰囲気になって、僕は口をぱくぱくと間抜けに開閉させた。
朝日照らす教室の中。
音源は教室のほぼ中央に立つ、麗人幸葵くん以外あり得ないだろう。
はらはらと陽光に紙片が映えて、白い花びらのようだった。
幸葵くんは落ちていくそれを冷めた目で見ていた。
数十秒の沈黙。
気まずいながらもなんとか会話しようと試みた結果話題がないことに気づいて、なんとも締まりのない声が出た。
そこで幸葵くんが振り向き、かすかに瞠目する。
気まずいまま、紙片を示して問いかける。
幸葵くんはきょとんとした後、僕が指し示す先を追い「ああ」と口にする。
僕はひとまず、彼の後ろにある自分の席へ向かう。
まだ拾われていない紙片は、僕の席の方まで散らばってきていた。
その中にふと、白以外の色彩を見つける。
赤だ。赤いハートのシール。
想像するに、元々は便箋だったのではないだろうか。
便箋……手紙、というとなんとなく女子が浮かぶ。
女子、手紙、赤いハート……
僕が予測すると、幸葵くんの肩がびくんと震える。
それからやけに不安げな眼差しで自分のイスに寄りかかり、立ちんぼの僕を見上げる。
唐突な問いに僕は戸惑う。
ラブレターが気にならないと言えば嘘になるけど、この場合ラブレター単体に対しての問いなのか破り捨てた彼の心情に対する問いなのか、判別がつかない。
ラブレターを破るのは、どんな心境なのだろうと気にもなった。
が蛇が出てきそうな薮であるため、つつくのはやめて話をもう一方の方へ逸らす。
ケンカになるのも嫌だからね。
僕の返答に、幸葵くんは微妙な表情をする。
欲しい答えではなかったのだろうが、出た言葉は返らない。
幸葵くんがしばし躊躇いの後、重たく口を開いた。
散らばる紙片を見下ろして告げた一言は、まだ二人しかおらず広すぎる教室に重々しく落ちた。
表面しか見ていない、と幸葵くんは嘆いた。
……いや、嘆いたのだろうか。
では何に対して嘆いたのか?
ラブレターに対してだろうか。
告白してきた女の子に対してだろうか。
それとも、ありきたりな返答をした僕に対してだろうか。
ひとまず花びらのように散り、床に着いた瞬間「ごみ」と化した憐れな紙片を一つ拾う。
他に誰か来たならちょっとした事件になってしまうだろうから、なるべく事は穏便に済ませよう片付けることにした。
幸葵くんも気づいて、拾い集める。
文字の連なりだったそれは見事にばらばらで、何と書かれていたかはわからない。
ただ一つ確かなことは、これを書いた手紙の主が振られたことになるのだろう。
幸葵くんは気難しい顔をして、紙片を集めていた。
幸葵くんも自分の成したことが気になるようで、僕は無言で頷いておいた。