太陽がさんさんと降り注ぐ昼下がり。
花の香りに導かれるようにして、私はメゾン・ド・ゼフィールの門をくぐった。
庭園には色とりどりの花が咲き乱れている。
あちらこちらと目移りしながら屋敷までの道を行く中で、ふと足元に咲いている花に目を留めた。
小さく可憐な白い花の群生が、陽を浴びて元気に茎を伸ばしている。
腰を下ろしてもっと近くで見ようと花に顔を近付けた、その時。
高い声と共に、ぼとぼと、とジャガイモが地面に落ちる。
驚いて振り返れば、白いキャスケットをかぶった一人の少年が立っていた。
自分の足元まで転がって来たジャガイモを拾ってあげると、彼は「ありがとうございます」と頭を下げた。
ふわりと風が吹いて、キャスケットから覗く彼の金髪が揺れる。
陽射しに輝く白い肌に、エメラルドのような碧色の瞳。
カモミールくんはまさに『王子様』と形容するにふさわしい出で立ちだった。
* * *
彼に案内されるまま屋敷へ入ると、吹き抜けに鎮座するソファに座るよう促される。
隣の部屋へ引っ込んだ彼が戻ってくるのを待っている間、ぐるりと屋敷の中を見渡す。
一階の吹き抜けから左右対称に巨大な二つの階段が二階へ向かって伸びている。
おとぎ話の絵本に出て来るようなアンティーク調の室内は、中にいるだけで時間が巻き戻ったかのような錯覚を覚えた。
しばらくしてカモミールくんは、二人分のティーカップが載ったトレイを持ってテーブルへ戻って来た。
繊細な薔薇の模様があしらわれたカップをテーブルに置き、ポットから湯気の立つ紅茶をとぽとぽと淹れて行く。
トレイには色とりどりのマカロンがこんもりと盛られた陶器のボウルも置かれている。
気になって指差すと、カモミールは「ああ」と笑った。
カモミールくんがソファに座るのを待ってから、彼の淹れてくれた紅茶を口に運ぶ。
爽やかな風を思わせるすっきりとした香りが私の鼻をくすぐった。
首を傾げるカモミールに、私は「はい」と頷く。
一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、くだらない話をして笑ったり。
振り返れば楽しい思い出ばかりが蘇り、胸が切なくなった。
かじりかけのマカロンを手にしたまま俯く。
喧嘩してから一切彼女とは連絡を取っていない。
このままもう、すれ違ったまま絶交になってしまうのだろうか。
ふと聞こえた声に顔を上げれば、カモミールくんは恥ずかしそうに笑っていた。
でも、と彼はティーカップを置くと、金色の睫毛を伏せた。
そう言って、彼はにっこりと笑った。
カモミールくんは立ち上がると、壁際に置かれた戸棚を開く。
中にはティーバッグがぎっしりと詰まったガラスの瓶が規則正しく並んでいて、彼は瓶を手に取るとティーバッグを小さな紙袋で包んだ。
引き出しからするりと取り出したサテンのリボンを器用に結び、カモミールくんは「どうぞ」と私に手渡した。
白い指を唇に当て、カモミールは無邪気に片目をつぶって見せる。
なんだか上手く行きそうな気がしませんか? そう言われて、思わず笑顔がこぼれる。
可愛らしいプレゼントに顔を寄せれば、ほのかにカモミールの香りがした。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。