第2話

カモミール 「親友とケンカしたあなたへ」
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2019/11/13 08:07
 太陽がさんさんと降り注ぐ昼下がり。



 花の香りに導かれるようにして、私はメゾン・ド・ゼフィールの門をくぐった。



 庭園には色とりどりの花が咲き乱れている。


 あちらこちらと目移りしながら屋敷までの道を行く中で、ふと足元に咲いている花に目を留めた。


 小さく可憐な白い花の群生が、陽を浴びて元気に茎を伸ばしている。

私
(この花は、ええと、確か……)
 腰を下ろしてもっと近くで見ようと花に顔を近付けた、その時。
カモミール
カモミール
わっ!
 高い声と共に、ぼとぼと、とジャガイモが地面に落ちる。

 驚いて振り返れば、白いキャスケットをかぶった一人の少年が立っていた。
カモミール
カモミール
ごめんなさい、お客さんがいると思わなくて
 自分の足元まで転がって来たジャガイモを拾ってあげると、彼は「ありがとうございます」と頭を下げた。
私
あなたは?
カモミール
カモミール
僕はカモミールって言います。ちょうど野菜の収穫が終わったらお茶にしようと思ってたので、良かったら屋敷へどうぞ
 ふわりと風が吹いて、キャスケットから覗く彼の金髪が揺れる。

 陽射しに輝く白い肌に、エメラルドのような碧色の瞳。

 カモミールくんはまさに『王子様』と形容するにふさわしい出で立ちだった。



 *   *   *



 彼に案内されるまま屋敷へ入ると、吹き抜けに鎮座するソファに座るよう促される。
カモミール
カモミール
今、紅茶を淹れますね
 隣の部屋へ引っ込んだ彼が戻ってくるのを待っている間、ぐるりと屋敷の中を見渡す。

 一階の吹き抜けから左右対称に巨大な二つの階段が二階へ向かって伸びている。

 おとぎ話の絵本に出て来るようなアンティーク調の室内は、中にいるだけで時間が巻き戻ったかのような錯覚を覚えた。



 しばらくしてカモミールくんは、二人分のティーカップが載ったトレイを持ってテーブルへ戻って来た。

 繊細な薔薇の模様があしらわれたカップをテーブルに置き、ポットから湯気の立つ紅茶をとぽとぽと淹れて行く。

私
それは?
 トレイには色とりどりのマカロンがこんもりと盛られた陶器のボウルも置かれている。

 気になって指差すと、カモミールは「ああ」と笑った。
カモミール
カモミール
今朝、シトロネラと作ったんです。あ、シトロネラはここの住人で、僕の一番の仲良しなんですけど
カモミール
カモミール
張り切ったせいか分量を間違えて作り過ぎてしまったので・・・・・・良かったらぜひ、召し上がって下さい
 カモミールくんがソファに座るのを待ってから、彼の淹れてくれた紅茶を口に運ぶ。

 爽やかな風を思わせるすっきりとした香りが私の鼻をくすぐった。
カモミール
カモミール
ここへいらっしゃったということは、何か悩み事をお持ちということですね
 首を傾げるカモミールに、私は「はい」と頷く。
私
実は先週、親友と喧嘩してしまったんです
カモミール
カモミール
親友と?
私
そう。ほんの些細なことだったんですけど、言い争ってるうちになんだか私も引き返せなくなっちゃって・・・・・・
 一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、くだらない話をして笑ったり。

 振り返れば楽しい思い出ばかりが蘇り、胸が切なくなった。
私
昔からずっと仲良しだったのに……
 かじりかけのマカロンを手にしたまま俯く。



 喧嘩してから一切彼女とは連絡を取っていない。

 このままもう、すれ違ったまま絶交になってしまうのだろうか。
カモミール
カモミール
僕もシトロネラとしょっちゅう喧嘩してますよ
 ふと聞こえた声に顔を上げれば、カモミールくんは恥ずかしそうに笑っていた。
私
カモミールくんも喧嘩をすることがあるの?
カモミール
カモミール
はい。僕も割と頑固で、ちょっとしたことでも譲れなかったりするんです。夕飯のメニューとか、休みの日の行き先とか
 でも、と彼はティーカップを置くと、金色の睫毛を伏せた。
カモミール
カモミール
自分の考えをきちんと伝えることって、大事だと思うんです。無理に自分の気持ちを押し殺して相手に合わせるのって、本当に仲が良いとは言えませんよね
私
確かに・・・・・・
カモミール
カモミール
あなたは優しい方です。親友に言い過ぎてしまったことで、後悔しているのだから。また元のようにやり直したいとも思っているでしょう?
 そう言って、彼はにっこりと笑った。
カモミール
カモミール
その気持ち、ちゃんとお友達に伝えてあげてください。喧嘩をして、自分はどんな気持ちになったのか……勿論、また元のように仲直りがしたいってことも
カモミール
カモミール
長い時間をかけて築かれた友情は、そう簡単には壊れませんから
 カモミールくんは立ち上がると、壁際に置かれた戸棚を開く。

 中にはティーバッグがぎっしりと詰まったガラスの瓶が規則正しく並んでいて、彼は瓶を手に取るとティーバッグを小さな紙袋で包んだ。
カモミール
カモミール
あなたが今飲んでいるそれ、カモミールの紅茶なんです。カモミールは薬にも使われる植物で、気持ちを落ち着かせる作用がありますよ
 引き出しからするりと取り出したサテンのリボンを器用に結び、カモミールくんは「どうぞ」と私に手渡した。
カモミール
カモミール
親友に会う際はぜひ、これを持って行ってください
 白い指を唇に当て、カモミールは無邪気に片目をつぶって見せる。
カモミール
カモミール
僕からあなたに、仲直りのお守りです
 なんだか上手く行きそうな気がしませんか? そう言われて、思わず笑顔がこぼれる。




 可愛らしいプレゼントに顔を寄せれば、ほのかにカモミールの香りがした。

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