四郎は、目の前の男を見た。

薄汚れた黒のTシャツに、ダメージジーンズを履いている。

男はふっと嗤って、余裕の笑みを溢した。

この声......微かだが、聞いたことがあった。

しかも、最近の話だ。

昨日、四郎に見知らぬ男からの電話があった。

機械を通しているから、はっきりとは分からない。

それでも、あの男の声はなんとなく特徴的だった。

四郎にとって一番嫌いな言葉は、｢勇気｣とか｢全力｣とか綺麗事のような言葉ではなく、｢リーダー｣だった。

四郎の目が、さっきよりも一段と鋭くなっている。

警戒と言うよりは、敵対心だ。

男は、近くにあった椅子に腰を下ろした。

随分な余裕と達成感が漂っている。

突然、男が大声で叫んだ。

男の顔つきが、険しくなる。

急にスイッチが入ったみたいだった。

臣のチームメンバー全員の、顔......？

なんでチームリーダーじゃなく、メンバー全員なのか、四郎には理解出来なかった。

男が笑ってる。

狂ったようにしばらく笑い続けた。

｢なんでお前が知ってるんだ｣と言いかけたその時、男が四郎の襟首を掴んだ。

男は、今にも泣きそうな顔で叫んだ。

しばらく考えて、やっと思い出した。

冷たい四郎になって、臣に会いに行った日のこと。

臣にラップを続けて欲しくて。

だけど、殴ったって言うほどでもなく、一発ひっぱたいただけだった。

その時は、四郎も精神が安定してなかったし、臣だって普通じゃなかった。 

メンバーからの期待と尊敬が重荷になって、今にも押し潰されそうになっていた。

なにも、すべて四郎が悪いわけではない。

男の言葉は、あまりにも四郎を驚かせる発言だった。

｢臣さんは教えてくれないから｣と小さくだが、聞こえた。


こいつも......臣のことを気にかけてる。

真剣にあいつのことを考えてるんだ。

ほらな。

やっぱり、俺なんかよりも臣がラップを続けた方がいい。

そっちの方が、世間からも認められる。

優勝して、勘違いでバラバラになるようなチームは、きっと世間から見放される。

俺達は......解散して正解だった。

四郎は、嘆くように小さく呟いた。

左馬刻は、事務所で煙草を吸いながら、電話している。

海頼から電話がかかってきたと思ったら、急に聞き覚えのある声が二つ同時に聞こえた。

それは海頼と紮生で、慌てた声だった。

すると、いきなり、柳が電話に参加してきた。

個人での電話ではなく、グループでの電話をしていたのだ。

左馬刻の言葉に、海頼はすぐに否定した。

会話が途切れたその一瞬の間に、柳はそう発言した。

みんな、驚いている。

当然だ。

四郎と柳は仲が悪くなって、お互いがどうでもいいような関係になったのだ。

これでも、Little Tigersの頃は一番仲が良かった。

いつになく、柳がやる気になっていた。

いくら絶交して解散したとしても、元メンバーが心配になることはあるのだ。

左馬刻だって、時々一郎を気にしてたりも、する。

その後、山田兄弟にも状況説明をして、山田兄弟と左馬刻と元Little Tigersのメンバーで、四郎を捜すことになった。