丈春さんと別れて、自宅へと帰り着く。
いつになく落ち込んでいたけれど、丈春さんと会えたことで、少し癒やされた。
手洗いとうがい、着替えをして、家の手伝いをするのが、いつもの日課。
その間、母とは進路について話さなかったけれど、父が仕事から帰ってきて夕食の時間になると、いよいよその瞬間がやってきた。
父と母からの問いに、私は首を横に振る。
夕食後、自分の部屋に戻り、図書館で借りてきた職業図鑑を開いてみる。
誰もが知っている職業から、聞いたことのない珍しいものまで載っていた。
どの仕事も大変そうだが、実際に働いている人のインタビューを読んでみると、それぞれに充実していて、仕事に誇りを持っている様子が伝わってくる。
当然ながら資格が必要な職業もたくさんあって、仕事に就くまでも並々ならぬ努力をしなければならない。
そんなことが、私みたいな生半可な気持ちだけで続くだろうか。
ページをめくっては感心するものの、自分がぱっと興味を引かれる職業は――ない。
私が好きなことを強いて言えば、テレビを見たり音楽を聴いたり、ネットサーフィンをしたり……というくらいで、それらを職業に活かせるとも思えない。
特技を聞かれたら、中学生までは「卓球」と答えていたけれど、それも今は続けていない。
いったん本を閉じ、深呼吸をして、焦らずに見聞を広める方法を考える。
しかし、考えても答えはすぐには出てこなかった。
***
何も方針が決まらないまま、翌日を迎えた。
クラスのみんなが夢を持って生き生きしているように見えてしまって、焦燥に駆られる。
俯いたまま自宅へと向かっていると、マンション近くの木々の陰で涼んでいる、ごまとだいふくを発見した。
足音を立てずに、でも足早に歩いて通り過ぎようとしたけれど、彼らはすっと頭を上げた。
そして、私を見つけるなり、たたたっと足元に駆け寄ってくる。
ごまには頭をこすりつけられ、だいふくには尻尾を巻き付けられ、今日もここから動けなくなってしまった。
下手に動いて刺激するよりは、猫に慣れた人に助けてもらった方がいい。
母が自宅にいるはずだと、鞄からスマートフォンを取り出そうとしたところ、背後から足音が近づいてくる。
振り返ると、丈春さんが珍しいものを見たような顔で笑っている。
彼は大学からの帰りのようで、鞄を肩から提げていた。
困惑する私を落ち着かせながら、丈春さんは一度マンションに入り、餌を手にして戻ってきた。
奇しくも、猫たちをきっかけにして、私たちの距離は少しずつ縮まりだした。
【第4話へつづく】
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。