第4話

心を軽くする、不思議な言葉
しかしながら、なぜ今頃になって、急にこの猫たちに懐かれ始めたのか。


これまでも私が警戒して避けていたけれど、彼らも積極的に近づいてくることはなかった。


一体、ごまとだいふくは何を考えているのだろう。
真弓 朋果
真弓 朋果
猫の気持ちが分かったらいいのに……

丈春さんからごはんをもらって満足げな彼らを眺めつつ、そんなことを呟く。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
飼い主の様子がいつもと違うと、猫がそれを察して寄ってくるっていうのはよくあるみたい。
この子たちにとっては、マンションのみんなが飼い主みたいなものだし
真弓 朋果
真弓 朋果
でも野良だし、慣れない相手には攻撃とかしてきそうで不安になります……
蓮井 丈春
蓮井 丈春
野良だけど、ほら、右耳の先がV字カットされてるでしょ?
どこかで去勢されて、リリースされてるってこと。
それで行動が落ち着いてるし、攻撃性も弱まってるから、そんなに心配しなくて大丈夫。
まあでも、触ったらしっかり手を洗った方がいいけどね

どうしても、飼い猫に噛まれた瞬間がフラッシュバックしてしまい、まだ触ってみようという気にはなれない。


それに、彼らが寄ってきたのも、単なる気まぐれかもしれないのだ。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
昨日もだったけど、君、なんか元気ないもんね?
ごまとだいふくも、それが気になるんじゃないかな。
猫って、人間のことを意外によく見てるんだよ

その言葉に、はっとして顔を上げた。


昨日は餌欲しさに近づかれたのかと思っていたけれど、実際は私に元気がなくて気になったからだろうか。


普段は暢気のんきに鼻歌を歌いながら帰ってくることもあるし、昨日ほど落ち込んだことはほとんどない。


真相は猫たちにしか分からないけれど、その可能性はある。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
もし悩み事があるなら、お兄さんに話してみたら?
こういうのは、家族や友達よりも、関係性の薄い相手に話すと結構楽になるもんだよ

朗らかに、少しおどけながら丈春さんがそう誘ってくれた。


思ってもみなかった展開に、心が踊り始める。
真弓 朋果
真弓 朋果
いいんですか?
蓮井 丈春
蓮井 丈春
もちろん。
じゃああっちに座ろう

敷地内にあるベンチに向けて歩き出すと、猫たちも当然のように後ろをついてくる。


彼らにおびえながらも、今までにないお近づきのチャンスを逃したくない私は、必死で耐えた。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
えっと、朋果ちゃん……だったよね?
呼び方これでいい?
真弓 朋果
真弓 朋果
はい、大丈夫です
蓮井 丈春
蓮井 丈春
俺は蓮井丈春。
好きなように呼んで
真弓 朋果
真弓 朋果
じ、じゃあ……丈春さん、で

改めて自己紹介をして、彼の中で私の顔と名前が結びついた。


私も、面と向かって彼を名前で呼ぶことができる。


それくらいのことで、心の中でドンドコと楽しい太鼓が鳴っている気分だ。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
じゃあ、愚痴でも不安でもどんとこい!
話せる範囲でいいからね
真弓 朋果
真弓 朋果
あはは、頼もしいです。
あの、実は……

私は、自分に将来の夢がないことや、特技も好きなこともなくて、進路に悩んでいることを正直に話した。


丈春さんは相づちを打ちながら聞いてくれて、一度も私の言葉を遮ることはなかった。


先生も両親も私を責めることはしていないけれど、むしろその優しさが、「きっと見つけてくれるよね?」という期待に見えてしまって、苦しいのだ。


私が一通り話し終えると、丈春さんは数秒間の沈黙を置いて、穏やかな口調で話し出した。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
夢があるのは確かにいいことだけど、だからといって夢がないことが悪いわけじゃない、と俺は思う

真っ直ぐに私を見つめる優しい眼差しに、不安が少し溶かされていくようだ。
真弓 朋果
真弓 朋果
夢がないのに、ですか?
蓮井 丈春
蓮井 丈春
うん。
考え方を変えてみると、朋果ちゃんには、これからの可能性がいくらでも広がってるってこと。
だから、いつまでって早々と期限を区切らずに、もう少しゆっくり探してみたらいいと思う
真弓 朋果
真弓 朋果
そっか……。
夏休み中にって限定したら、焦って余計にしんどいですよね
蓮井 丈春
蓮井 丈春
そうだね。
短い期間で目標を見つける努力をするのは無駄ではないと思うけど、そこで無理に決めて納得できるのかなって方が、俺は心配かな。
いろんなものを、これからは違った見方をして、自分に合ったものを見つけていけばいいんじゃない?

丈春さんは、私の気持ちを前向きに肯定してくれた。


すっ……と、心が軽くなる。


言葉というのは不思議なもので、たったこれだけのことで、私に元気をくれるのだ。


【第5話へつづく】