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第2話

苦手を克服したいと思う理由
私の邪な感情を察知したのか、ごまと呼ばれた白黒の猫が、食器から顔を上げて私を見た。


思わず後ずさりをしたけれど、丈春さんにまだお礼を言えていないからと、ぐっと踏みとどまる。
真弓 朋果
真弓 朋果
あ、ありがとうございました。
助かりました
蓮井 丈春
蓮井 丈春
ううん、これくらいなら普通のことだよ。
君は確か、同じ階の……真弓まゆみさん家の子だよね?
真弓 朋果
真弓 朋果
はい、真弓朋果ともかです。
あの……。
この子たち、なんで私に寄ってきたんでしょうか?

猫たちから距離をとりつつ、私は質問した。


丈春さんとは、普段は挨拶と簡単な会話しかできない間柄だ。


現に、私の名前すらちゃんと覚えられていなかった。


猫は怖いけれど、この機会に少しでも話しておきたい。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
きっと、お腹がすいてたんだよ。
鳴いてすりすりしたら、餌がもらえるって分かってるから
真弓 朋果
真弓 朋果
やっぱり、そうですよね

丈春さんは、だいふくと呼んでいたもう一匹の猫を撫でながら笑う。


この二匹の猫は、マンション近くに数年前から住み着いている野良猫だ。


地域猫としてマンションの住人たちからかわいがられている存在で、餌代も自治会費から出されていると聞いている。


住人なら誰でも餌を与えることができるので、野良にしては毛艶もいいし毎日元気だ。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
この子たち、多分兄弟なんだよ。
オス同士なのに仲が良いし
真弓 朋果
真弓 朋果
えっ。
こんなに模様が違うのに?
蓮井 丈春
蓮井 丈春
兄弟でも、体の模様や性格は全然違うことが多いよ。
ちなみに俺は、こっちのハチワレ猫に『ごま』、こっちのサビ猫に『だいふく』って勝手に名前つけて呼んでる
真弓 朋果
真弓 朋果
ごま大福……
蓮井 丈春
蓮井 丈春
おいしそうでかわいいでしょ?

苦笑いを浮かべて、頷く。


丈春さんが猫を好きなことは、前から知っていた。


いつ会ってもほんわかしていて優しくて、マンションにいる子どもたちの面倒もよく見ていて、特にお母さんたちからの評価が高い『みんなのお兄ちゃん』的存在。


確か、今年で大学二年生だ。


挨拶する度に、「いいなあ、かっこいいなあ」なんて思いながらも自分から近づけなかったのは、彼のそばに猫がいることが多いから。


どんなに仲良くなりたくても、彼が猫と一緒にいるときは逃げてしまっていた。


それに、彼のように素敵な人には、同じく素敵な女子大生の彼女がいるだろう。


そう考えてしまうと、気が引ける。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
名前がかわいくても、やっぱり怖い?
真弓 朋果
真弓 朋果
……はい。
すみません
蓮井 丈春
蓮井 丈春
そっか。謝らなくていいよ。
猫が苦手な人がいることも分かっているけれど、こんなにかわいいんだから、少しでも好きになってほしいな~
真弓 朋果
真弓 朋果
あはは……。
善処します

丈春さんは笑いながら、だいふくの顔をマッサージしている。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
ちなみに、なんで苦手なのか聞いてもいい?
真弓 朋果
真弓 朋果
えっと……。
私が四~五歳の頃に、飼ってた猫に噛まれてしまって
蓮井 丈春
蓮井 丈春
えっ

半袖から伸びた左腕に、あまり目立たないけれど、当時の傷跡が残っている。


それを見せると、丈春さんは神妙しんみょうな顔つきになった。
真弓 朋果
真弓 朋果
私が生まれる前から両親が飼っていた猫で、もうその時には随分と老いていたらしいんです。
私を噛んだ後、すぐに亡くなりました。
でも、噛まれる前までは私とすごく仲がよかったのに……。
それで、猫が信じられなくて、怖くなりました
蓮井 丈春
蓮井 丈春
そっか……。
それは大変だったね。
でも、老衰していたなら、君に噛みついたのにも何か特別な理由があったのかもしれないね?
嫌ったり怒ったりしたわけじゃないと思うんだ
真弓 朋果
真弓 朋果
はい。
私が覚えている限りでは、その子も歳をとって変な行動が増えたので、そのせいかもしれないとは思ってますけど……

急に訳が分からなくなったように暴れ回った飼い猫の様子が、未だに強く記憶に残っている。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
この子たちは、とても穏やかで人懐っこいよ。
こっちからちょっかいを出さなければ、絶対に攻撃してくるようなことはないから
真弓 朋果
真弓 朋果
はい。
マンションのみんなからもかわいがられているのは、よく知ってます

丈春さんの言うとおり、〝この子たちは大丈夫〟なのかもしれない。


恐る恐る、ごまとだいふくに一歩だけ近づいてみる。
ごま
ごま
ニャ~ン
真弓 朋果
真弓 朋果
……!

ごまが振り返って鳴いただけで私は飛び上がり、再び数歩下がった。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
ふっ……くくっ……
真弓 朋果
真弓 朋果
わ、笑わないでください!
私だって怖いし、ビビってるのを見られると恥ずかしいんですよ!
蓮井 丈春
蓮井 丈春
ごめん……君の反応もかわいくて

情けない気持ちでいっぱいなのに、丈春さんと話ができるのは嬉しい。


猫に対する苦手意識を克服すれば、もっともっと彼とお近づきになれるのでは。


進路の悩みなど一旦忘れて、能天気にそんなことを考えていた。


【第3話へつづく】