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第20話

猫が導く恋しるべ
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2020/09/18 09:00
真弓 朋果
真弓 朋果
(こ、この空気感なら、言っていいよね?)

ふたり揃って赤くなりながら、それぞれの膝の上で猫がくつろいでいるという変な状況だ。


それでも、私は丈春さんに報告したいことがあった。
真弓 朋果
真弓 朋果
あの、聞いてもらいたいことがあるんです……
蓮井 丈春
蓮井 丈春
あっ、うん。
なに?

そう切り出してみると、丈春さんは両手を外して顔を見せた。


まだ少し赤い気がする。
真弓 朋果
真弓 朋果
丈春さんにボランティアにも誘ってもらえて、見える世界が広がりました。
やっぱり、すぐにはやりたいことを見つけられなかったけど……。
今は、〝動物看護師〟になれたらいいなって、真剣に思ってます
蓮井 丈春
蓮井 丈春
動物看護師か……。
なんだか、朋果ちゃんが働いてる姿を想像できるな
真弓 朋果
真弓 朋果
ありがとうございます!
でも、これからたくさん勉強しなくちゃならないし、簡単になれるものだとは思っていないので、それは覚悟しています

ボランティア活動を経て、何の取り柄もない私でも、誰かの助けになれるのだと知ることができた。


勇気を出して猫と触れあうことで、尊い命を救うきっかけができた。


だから、動物に関われて、誰かの助けになれるような仕事はないかと思ったのだ。


自分の理想に近いのは、動物病院で出会ったお医者さんや看護師さんたちだった。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
そっか……。
本当に素敵な目標だと思う。
俺は心の底から応援してるよ。
頑張ってね
真弓 朋果
真弓 朋果
はい!

満面の笑みを浮かべて返事をすると、膝の上の猫が大きく欠伸あくびをした。
真弓 朋果
真弓 朋果
(かわいいけど……やっぱり、ごまとだいふくが一番かわいいな)



***



九十分間のもふもふを満喫して、私たちはマンションへと帰ってきた。
真弓 朋果
真弓 朋果
送っていただいて、ありがとうございます
蓮井 丈春
蓮井 丈春
うん。
といっても、俺ん家そこだからね
真弓 朋果
真弓 朋果
あはは。
ごまとだいふくを見ていきますか?
蓮井 丈春
蓮井 丈春
いいの?

丈春さんを中に上げると、ごまとだいふくが奥の部屋から駆け寄ってきた。


しかし、二匹とも数メートル先でピタリと動きを止め、じと目で私たちを見つめ始めた。
ごま
ごま
…………
だいふく
だいふく
…………
真弓 朋果
真弓 朋果
ごま? だいふく?
こっちにおいでー
蓮井 丈春
蓮井 丈春
あっ!
他の猫の匂いに、嫉妬してるかも……
真弓 朋果
真弓 朋果
……! ああっ!

猫の嗅覚が人間よりも優れていることを、すっかり忘れていた。


不特定多数の猫と触れあってきたため、凄まじい匂いがついているだろう。
真弓 朋果
真弓 朋果
ご、ごめんね!
ごま、だいふく!

謝ってみても、二匹はそれ以上近づいてこない。


尻尾をフリフリして、怒っているようにも見える。
真弓 朋果
真弓 朋果
(地味にショックだ……)

嫌われる瞬間があるとは思っていなかったので、以後気をつけようと心に決めた。


気まずい空気の中、丈春さんと一緒にテーブルに着いて、休憩する。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
それはそうと……。
朋果ちゃん
真弓 朋果
真弓 朋果
はい?
蓮井 丈春
蓮井 丈春
さっきの、猫の苦手を克服したきっかけだけど……

珍しく歯切れの悪い丈春さんは今、もしも自分の勘違いだったらどうしようかと戸惑っているのだろう。
真弓 朋果
真弓 朋果
好きです。
丈春さんのこと。
そういう意味で言ってます

私は笑い、けろっとして直球を投げた。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
ありがとう。
ちょっと自信がなくて
真弓 朋果
真弓 朋果
私も濁した言い方をして、すみません
蓮井 丈春
蓮井 丈春
いや、いいんだ。
先を越されたなって思って……こほん

丈春さんは背筋を伸ばし、咳払いをして私を見つめる。

結果は、正直期待していない。

振られてもいいと思えたから、告白したのだ。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
俺も、好きだよ
真弓 朋果
真弓 朋果
…………。
へ?

まさかいい返事がもらえると思っていなかった私は、面食らって口をぽかんと開けた。


ごまとだいふくは空気を読んだのか、単なる気まぐれか、部屋の奥へと戻っていく。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
ということなので、ひとまず来年からの夏祭りは一緒に浴衣着て行こう。
あと、その日だけはボランティア参加とかも一切なしで

そんな提案を数秒後に理解して、私の頬はみるみるうちに緩んでいった。
真弓 朋果
真弓 朋果
はい!
もちろんです!

猫に導かれて始まった、私と丈春さんの関係。


こんなことになるなんて、夢にも思っていなかった。


ごまとだいふくがまるで私たちを祝福してくれるかのように、にゃあ、と鳴くのが聞こえた。


【完】

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