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第1話

進路と猫と、好きな人
真弓 朋果
真弓 朋果
うーん……。
はぁ……

もうすぐ楽しみだった夏休みだというのに、さっきから溜め息しか出てこない。


普段はなんとも思わないオレンジ色の西日が、今だけはまぶしく感じてしまう。


今日は高校で、担任教師との二者面談があった。


そこで直面した、『進路を決めなければならない』という現実。


自分の夢というものは、時間が経てば自ずと見えてくるだろうと安易に考えていた。


だから深く考えてもいなかったし、友達とも語り合う機会はなかったけれど、みんなはとっくの昔から真剣だったのだ。
真弓 朋果
真弓 朋果
どうしよう。
私、取り残されてる……

今のところ、両親には「大学に行きたいなら応援する」と言われている。


先生にも「まだ二年生だから勉強面は今からでもまだ追いつけるので、まずはやりたいことや目標を決めること」とやや強めの助言を受けた。


場合によっては、自分の一生を左右する選択になるかもしれないのだ。


気分が重くて、またひとつ、溜め息が漏れた。


焦っているのは、進学にしても就職にしても、夏休み中にひとまず決めると先生に約束してしまったこと。


両親にも、その旨の電話連絡がいくことになっている。


それなのに、自分のやりたいことも、得意なことも、取り柄すらも思い浮かばない。


先生に興味のあることや好きなことを聞かれても、首を傾げるばかりだったのだ。
真弓 朋果
真弓 朋果
(私、何も持ってないんだ……)

いかに平々凡々な日々を過ごしてきたか。


成績も運動も、平均よりちょっといいくらい。


唯一自分のいいところだと思えるのは、ほとんど病気もせずに健康で元気なこと。


クラスメイトにも進路に悩んでいる子は多い様子だったけれどが、私ほど取り柄が何もない子はいないだろう。


「世の中にはどんな職業があるのか、まずは見聞を広めてみるといいよ」と先生にアドバイスされて、一応、図書館で職業図鑑を借りてきた。
真弓 朋果
真弓 朋果
(何も知らないよりは、いいよね)

もうすぐで、自宅マンションに着く。


せめて母には元気な表情を見せようと、俯いたままの顔を上げようとした瞬間――。
ごま
ごま
ミャオーン
だいふく
だいふく
ニャッ
真弓 朋果
真弓 朋果
ひっ……!!

マンション周辺に住み着いている二匹の猫が、私の足元にすり寄ってきた。
真弓 朋果
真弓 朋果
(な、なんで!? いつもは近寄ってこないのに!)

私は猫が苦手だ。


幼い頃、家で飼っていた老猫にがぶりと噛まれ、いまでも腕にはその傷跡が残っている。


それがトラウマになっているのだ。
ごま
ごま
ミャー
真弓 朋果
真弓 朋果
ごっ、ごはんなら持ってないよ! ほら!

両手を広げて証明して見せるけれど、猫たちはそれでも構わず私の足首にすりすりしてくる。


普段なら、通りかかった私に興味すら示さないのに、一体何が起きているのだろう。
真弓 朋果
真弓 朋果
(無理無理無理無理……)

足がガクガクと震えて、ここから動けない。


動いた瞬間に、飛びかかられでもしたらどうしよう。
真弓 朋果
真弓 朋果
(だ、誰か! 助けてー!)
蓮井 丈春
蓮井 丈春
ごまー? だいふくー?

聞き覚えのある声に顔を上げると、同じマンションに住む蓮井はすい丈春たけはるさんがこちらに向かっていた。


彼は私と猫たちに気付いて、にこっとする。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
あっ、やっぱり。
こっちで鳴き声がしたと思ったんだ
真弓 朋果
真弓 朋果
あ、あの……
蓮井 丈春
蓮井 丈春
ん?

丈春さんは青ざめている私と足元の猫たちを数回見比べると、何かを察したように頷いて見せた。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
もしかして、猫、苦手?
真弓 朋果
真弓 朋果
はっ、はい……!
蓮井 丈春
蓮井 丈春
大丈夫だよ。
この子たちは、絶対に人を傷つけるようなことはしないから

震えながら頷く私に、丈春さんは安心させるように笑いかけてくれる。
蓮井 丈春
蓮井 丈春
よーし。
ごま、だいふく、おいで
ごま
ごま
ミャオーン
だいふく
だいふく
ニャーン

丈春さんが地面にしゃがんで、キャットフードが入った皿を差し出すと、猫たちはすぐに私から離れた。
真弓 朋果
真弓 朋果
(助かった……。それに、丈春さんに会えるなんて、逆にちょっとラッキーだったかも)

ほっと息を吐きながら、丈春さんが優しく猫を見つめる瞳に、少しドキリとする。


【第2話へつづく】