・・・月日は流れる。
蒸し暑かった夏が過ぎ、季節はすっかり秋となる。
制服が二度目の移行期間に差し掛かった。
冬服だと暑くて汗をかくが、夏服だと少し肌寒い。
この調節が難しい時期。
桜岡君はぱたりと学校に来なくなった。
もともと、学校を休みがちだった。
一週間に一度程度しか来なくて、最高週二回。
しかも、それは始業式と次の日だけだった。
・・・でも、もう一か月くらい来ていない。
みんな、さほど気にしていないのか、何も言わなかった。
紗江すら、桜岡君について何も言わない。
まるで、存在がないみたいにポツンと机だけがある。
ずっと座っていない机は、とても冷たかった。
彼がなぜ学校に来ないのか。
それが分かったのは、先生がやっと彼の話題に触れた時だった。
先生「桜岡は、入院している。みんな知っている通り、病気でだ。」
”病気””入院”
その言葉が、私の頭を埋めつくす。
私は知らなかった。
彼が病気だということ。
週に一日だけしか来ないのは、体が悪いから。
先生が教室を出た後に、紗江の席まで走った。
たった、数センチの距離だけど、ちょっとの時間も無駄にしたくなくて。
「紗江!!病気って何?紗江は知ってたの?」
私があまりにも大声で叫ぶものだから、みんなの視線が集まるのを感じた。
でも、そんなのどうでもいい。
紗江「うん・・・知ってたよ。」
少しうつむきがちにそう言った。
みんな、知ってた。
みんな知ってたから、何も言わなかった。
存在がないみたいだったのは、みんな知っていたから。
彼に興味を持っていた私は、そんな一番大事な事実を知らなかった。
「・・・彼の病院ってどこ?」
低くて、教室に響く声に紗江は驚いた顔をする。
紗江「並木中央病院だと思う・・・」
紗江の言った病院は結構大きい病院。
私たちの地域では、一番大きい病院だ。
私は、ほとんど何も入っていないカバンを乱雑に持ち、病院まで走った。
お土産なんて何もない。
それでも、彼に会いたくて必死に走った。
運動が大の苦手の私が、全力疾走で。
風を切って。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!