八月、夏合宿。
天文学部の一行は、郊外の山間にある観測施設付きの合宿所にやってきた。
蝉の声は街中よりも少なく、代わりに葉擦れの音と風の匂いが、夏の静けさを知らせていた。
到着してすぐ、陽菜が山に囲まれた空を見上げて叫んだ。
その後ろで琴音がスケッチブックを開き、何かを描きはじめる。
彩はすでに施設の利用規約を読み込み、私は荷物を下ろして、
ふと遠くの空を見上げた。
都市の空とは違う、濁りのない青。
まだ昼だけれど、星のことを考えると、胸がそわそわする。
この空の下で、どんな夜が待っているんだろう。
夕方。
荷解きと夕食を終えたあと、東雲純さんが全員に声をかけた。
部屋の隅で静かに話す先輩の声には、
やわらかさと、微かな緊張感が混ざっていた。
それが、私の気持ちにも不思議と波紋のように広がる。
夜。
空には、言葉を失うほどの星々が浮かんでいた。
数え切れないほどの光点が、暗闇に穴をあけるように、静かにまたたいている。
陽菜の声は小さくなって、まるで呟きのようだった。
望遠鏡を組み立てる音。
ノートを開く音。
誰かの息遣い。
全部が、星空を汚さないようにそっと行われていた。
私は望遠鏡をのぞいて、ひとつの星に視線を留めた。
名前は「アンタレス」。
さそり座の心臓とも言われる、赤く脈打つような巨星。
その色は、燃えるように赤くて、どこか、何かを思い出させるような寂しさを含んでいた。
声をかけてきたのは、東雲純さんだった。
望遠鏡から顔を上げると、彼女は隣で空を仰いでいた。
その横顔は、星の光に照らされて、すこしだけ遠くに見えた。
私がそう言うと、純さんは「わかる」と言って小さく笑った。
私は言葉を失った。
赤く、美しく輝くその光が、“終わり”の証だなんて。
純さんの声は、風に溶けるように静かだった。
私は胸に、何かがゆっくりと沈んでいくのを感じた。
──終わってしまうものにも、意味がある。
見えなくなっても、届き続けるものがある。
そう思うと、
星を観測することは、ただ空を見上げるだけじゃないんだと思った。
その夜、私は観測ノートにこう書いた。
「星は、もういないかもしれない。
でも私は、今日その光をちゃんと見た。」
ページの端に、琴音が描いたアンタレスの赤いスケッチが添えられていた。
それは、どこか温かく、けれど静かに滲むような色だった。
真夜中。
宿泊室の布団の中で、私は目を閉じながらも、
頭の中ではまだあの赤い星が輝いていた。
この夏のことを、私はきっと忘れない。
初めて、本当に星と心が繋がった夜。
そして、きっと──人と心が重なりはじめた夜でもあった。














編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。