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第11話

がすらチャンネル(1)プロローグ


気がつくと。

いつの間にやら、に立っていた。




辺り一面にただただ黒い闇だけが広がる、
とても奇妙で、とても不思議な空間。


……待てよ、
ここに来たということはもしかして……


そんな考えが頭をよぎった、まさにその時。

ほんのり甘い香りとともに
目の前にが浮かび上がった。


KOGITSUNE
KOGITSUNE
…………


謎の少女・KOGITSUNE。

初対面の時と同じく
真っ白な着物を身に着けた色白の彼女。

狐面の隙間からのぞく表情が
とらえどころのない微笑みなのも相変わらずだ。




思わず「出た!」と口走る。


自分の脳裏に彼女の存在が浮かんだのと、
彼女がこの場に現れたのとは、
ぴったり同時の出来事。

あまりにも良すぎるタイミングに
不意を突かれてしまったのだ。


KOGITSUNE
KOGITSUNE
” ……

貴方の瞳には、
そのように映ったのでございますね……


……実に面白いですわ……うふふ……
これまた前回同様、
何でもないポイントで笑い始めるKOGITSUNE。



やっぱり彼女の笑いのツボはよくわからない。

いったい、どこに笑う要素があったんだろう?

「出た」なんて別に面白くもなんともない
ひねりのない言葉だと思うんだけど……。



楽しそうに笑い続ける彼女に
どうしてそんなに笑うのかと聞いてみる。

KOGITSUNE
KOGITSUNE
……なぜなら

わたくしは元より
此処におりましたゆえ……


いなかったよ!


KOGITSUNEが現れたの、ついさっきだよね?

なのに「ここにいた」っておかしくない?

KOGITSUNE
KOGITSUNE
……いいえ……
わたくしは此処におりましたわ……


ずっと……ずっと……

…………
彼女の口元が
意味ありげにニタァと歪んだ瞬間。




 ――ぞわッ……



背筋に寒気・・が走った。


そして本能的に理解した。

” と。





こちらが黙り込んで、それから……数秒。


KOGITSUNE
KOGITSUNE
…………
KOGITSUNEの表情が、
やわらかい笑みへと戻ってくれた。

と同時に、
凍り付くように張り詰めていた空気も
ほわっと穏やかに解放されていく。




よ、よかった……。



ほっと胸をなでおろす。

何が何だかは分からずじまいではあるものの、
どうやら無事、危機を脱することができたようだ。



すっかり忘れかけていたのだが、
KOGITSUNEにしろ
この不思議な空間にしろ
全く得体が知れないことに変わりはない。

今後の発言には
少し気を付けたほうがいいのかもしれないな……。


KOGITSUNE
KOGITSUNE
……さて……
KOGITSUNEが、ゆっくり歩き出した。


その足元にはいつの間にか
前回来た時に見た光景……つまり、
彼女の動きに合わせて静かに揺れる水面や
人間たちの生活を切り取った幾つもの場面などが
見渡す限りに広がっている。




とりあえず自分も
後をついていくことに決めた。

一瞬ついていくべきかどうか迷ったが、
この空間に1人残されても
特にすることなんかあるわけないし、
それに……



……なんとなく、彼女の後に
ついていったほうがいいような気がしたのだ。





    *****





一切足を止めることなく、
一定のペースで歩き続けていくKOGITSUNE。

その視線は、常に
足元の水面の方向へと送られている。

遠くや近くを見回しているような素振りから考えて、
おそらく今日も “何か” を探しているのだろう。




KOGITSUNEはちっとも喋ろうとしない。

かと言って
こちらから会話のきっかけを作るのは気が引ける。

さっきの底知れぬ恐怖の余韻が
まだ背中にうっすら残っている現状、
下手な発言でまた彼女を刺激してしまうよりかは
黙っていたほうが賢いんじゃないかと思ったのだ。


そんなわけで無言の時間だけが延々と過ぎていく。



この散策はいつになったら終わるんだろうか……

そう考え始めるようになった頃のこと。

KOGITSUNE
KOGITSUNE
…………
ようやくKOGITSUNEが歩みを止める。



その足元の水面をじっと見つめたかと思うと。
KOGITSUNE
KOGITSUNE
……
と満面の笑みを浮かべた。



水面の観察に夢中なKOGITSUNEは、
もうこちらのほうには見向きもしない。

数えきれないほどの光景の中で、
そこまで彼女の興味を引くなんて
いったいどんな内容なんだろう……

……ちょっと、気になってきたな。




KOGITSUNEの視線の先の水面をのぞきこむと、
20代後半ぐらいのひょろっとした男が
5畳ほどの安アパートのワンルームの中で
机に向かい1人頭を抱える姿が映っていた。

髪を鮮やかな紫色に染めていたり、
シルエットにこだわっている風な
アシンメトリーの洋服を着たりなど、
やたらと主張の強い格好をしているあたり、
彼がファッション方面へかける意識は
すごく高いんじゃないかと思われる。



天井の照明はついておらず、部屋は薄暗い。

唯一明るいのは
彼の目の前に置かれている
特大サイズなデスクトップパソコンの画面のみ。

画面から放たれる青白い明かりは
男の苦悩の表情を
ピンポイントで照らし出していた。


どうやら彼は、
動画のライブ配信などを定期的に行う
いわゆる “配信者” と呼ばれる仕事をしている模様。

配信チャンネル名は “がすらチャンネル”
そして配信者名は “がすら” というらしい。


そういえば確かに
古くボロい部屋の雰囲気に不相応な
妙に高そうなパソコンを使っているし、
よく見ると良さげなビデオカメラや三脚も
部屋の隅に置かれている。


どこにお金を使うかなんて各自の自由だ。

彼の場合は
「仕事で使う機材こそお金をかけるべき」だと
考えているということなんだろう。




    *


がすら
あーもぅっ!

なんも思いつかねぇッ!!!
それまで小さくウンウンうなっているだけだった男が
急に大きな声を出して立ち上がった。

考えるのが嫌になったようだ。

がすら
そもそも俺には
何かにすごく詳しくて解説できたり
むちゃくちゃゲーム上手かったり
いい感じの料理作れたりとかみたいに
わざわざ動画で自慢できるような
特技があるわけでもねぇし

体を張る系とかのおもしろネタは
思いつく限りなんでも試して
やりつくしちまったし……
がすら
……かといって
雑談放送するったって
普通に生活してるだけじゃ
そんなに毎日
ネタが転がってるわけじゃねぇし

あったことを話すっていっても
「今日も起きてご飯食べました!」
っていつも繰り返すだけじゃ
リスナーが飽きちゃうに
決まってんじゃん!

はぁ……ほんと
どうすりゃいいんだよぉ……


そういえば聞いたことがある。

定期的に動画を投稿し続けたり
動画の生配信をし続けたりするのは
意外と大変な作業なんだということを。

だけど配信を仕事にするためには、
定期的に動画を発信し続けるというのは
ほぼほぼ必須となってくるらしい。


事前に撮影した動画を投稿する場合は
ネタを考えて企画して、撮影し、
さらには編集や投稿をするという作業もあって
時間も労力も膨大に必要なんだとか。

生配信の場合は編集とかは必要ないけど、
人気が出たりファンがついたりって感じを
目指すとなると、
企画・ネタの用意といった
事前に行うトーク準備とかは必要になるみたい。



「ネタがない」と嘆いているということは
彼・がすらも、もしかしたら
そういった “配信者特有の苦労の壁” に
ぶち当たって悩んでいるのかもしれないな。

がすら
あ~あ……

高評価つきまくり間違いなしなネタ、
どっかから運良くコロコロって
転がってこねぇかなぁ……


 ――ぴこん♪


突然の通知音。

彼の目の前のパソコンに
誰かからメッセージが届いたらしい。

がすら
……リスナーから?
なんだろ? ええっと……

男は椅子に座り直してから
気だるそうにメッセージを開封し、読み上げていく
がすら
「こんにちは、いつも
 がすらさんの配信楽しみにしてます

 配信のリクエスト募集中って
 ことだったんで、
 思い切ってリクエストします!

 夏といえばやっぱ肝試しですね
 ここはやっぱりがすらさんに、
 心霊スポットに行ってもらって
 “1人肝試きもだめし” というのは
 いかがでしょうか?」
がすら
……おぉ、なんかいいな

“1人肝試し” って
企画名も割といい感じだし
おもしろくなるっぽい気がするぞ
がすら
んんん~、まずは
配信場所決めなきゃなんないよな!

良さげな心霊スポットって
どっかあったっけ?

交通費かけたくねぇし
できたら近所で
済ませちゃいたいとこだけど……
がすら
……おっ!

ならぴったりじゃね?!


男には、何か思い当たる場所があったらしい。

がすら
そうだよなぁ!

あそこだったら歩いてけるから
交通費0円で済んじまうし、
前を通るたびに
「うわ、絶対なんか居るって……」
って思っちまうぐらい気味が悪いから
幽霊とか出なくても
絵的に盛り上がるっぽいし……

……くぅぅ~!
いけるいけるっ!
こりゃいけるぞォッ~!!


さっきまでの憂鬱そうな空気はどこへやら。

打って変わってパッと明るい表情に変わった男は
PCのキーボードを叩いて
簡単な配信企画書を書き始めていくのだった。



    *



KOGITSUNE
KOGITSUNE
……おや、大変

今宵こよいもまた新たに1人、
“心霊あそび”に
魅入られてしまったようですわね

果たしてどうなることやら……


……わたくしは、
興味深く見守ることに
いたしますわ……うふふ……


……ん?

このセリフって
先日来た時に耳にしたのと
ほとんど同じような気がするんだけど。


KOGITSUNE
KOGITSUNE
……そういえば
今宵は、珍しいことに
客人がいらしておられたわね……

顔を上げたKOGITSUNEは、
こちらを見てニヤッと笑った。


ここまで同じということは、まさか……。

KOGITSUNE
KOGITSUNE
……今宵は共に

心霊あそび、あつめましょ……


……やっぱり。

どうやらこの一連は、
彼女にとってお決まりの言葉なんだろうな。