怨霊が消え去ると共に、
彼女のかたわらにいくつか置かれていた
古めのデスクトップPCからは青白い光が消え、
ただの壊れた端末へと戻ってしまった。
そしてまさにその同時刻、
“心霊ちゃん” というアプリ自体が
この世から完全に消滅した。
大勢の人のスマホの中から一斉に消えたものだから
ちょっとした話題にはなったけれど……
……本当にちょっとだけだったようで
数日も経てば、皆ころっと忘れてしまった模様。
意識不明で入院していた式峯メイリは、
直後に無事、病室で目を覚ました。
カホの元へは、
ハルオミ経由でメイリ本人から連絡があった。
メイリの怪我自体は大したことがなかったため、
念のため検査を受けたあと、
問題なければすぐに退院できるのだとか。
だが当のメイリ本人は、
自らの無事を喜ぶことより、
自分に憑りついていた犬の幽霊である
茶太郎の姿が見えなくなっていたことや、
宙に浮いたり金縛りをかけたりといったような
霊体ならではの技がつかえなくなったことを
残念がるほうに気持ちが傾いているようである。
なお、同じく入院していた鈴野サナも
落ち着きを取り戻したようだ。
どうやらもう幽霊の姿は見えなくなったらしい。
ただし彼女は怪我のほうがかなりひどいため
もうしばらくは入院が必要なようだが。
ちなみにカホへこれを教えたのは
クラスメイトの塚橋ユリエだった。
彼女の非常に嬉しそうな表情を見て、
カホは
「 “距離置く” とか言ってたくせに……
……本心全然違うじゃないか」
と心の中でつぶやくと同時に、
人の本音を読み取ることの難しさを
改めて実感したのだった。
*****
それから1週間ほど経った頃、
メイリの提案で、カホへの諸々のお礼も兼ねて
式峯兄妹とカホの3人で食事へ行くことになった。
カホが待ち合わせ場所の駅前広場に着いた時、
そこには既に先客がいた。
顔を合わせた瞬間、
カホは思わず笑ってしまった。
1週間前に会った際、諸事情で
メイリは肉体から抜け出した「霊体」状態だった。
そのあとハルオミ経由で2人は連絡先を交換し
メイリ主導でちょくちょくやり取りはしていたが、
生身のメイリとカホが出会うのは
これが正真正銘の初めてとなるのだ。
どちらからともなく2人は楽しそうに笑い合う。
――ピロリン♪
メイリのスマホが鳴った。
何やらメッセージが届いたようだ。
さっきのメイリとの会話から
頭を切り替えきれていないカホは、
ハルオミの目を見ることができない。
唐突にメイリが言い出した。
メイリは言い終わるや否や、
まさに脱兎のごとなく猛スピードで
走り去っていった。
取り残されたカホとハルオミはただ呆然。
――ブルルルッ
今度はカホのスマホが震えた。
何気なく画面をチェックした彼女が見たのは、
「よっ!!
初デートがんばってこーい!」
というメイリからのメッセージ。
カホの顔が真っ赤に染まった瞬間、
離れたところで隠れているメイリと目が合う。
目が合ったのに気づいたメイリは、
駅前広場の脇に置かれた銅像の影から
笑顔でぶんぶん手を振ってきた。
どうやらハルオミは
メイリの存在に気づいていないようだ。
**********
ひと通りの “観察” を終えたKOGITSUNEは、
満足そうな笑みを浮かべた。
彼女は思い出したようにこちらを見てきた。
少し迷ってこう答えた。
ところどころ不自然だった気がする、と。
そりゃとにかく偶然が多すぎる。
例えば
あの自殺した少女・マユコという子は
どうして死んだ直後に
アプリ “心霊ちゃん” のそばで目覚めたのか?
あの会社で死んだわけじゃないだろうに、
目覚めた場所にちょうど
「 復讐にぴったりなもの= “心霊ちゃん" 」が
置いてあるなんて話ができすぎだ。
他にも
おかしな偶然がいくつもあって
なんだかとても不自然だった気がする。
逆にたずねてみる。
ではKOGITSUNEから見て
先程の彼らは不自然じゃなかったのか、と。
どうして笑ってるの?
何かおかしなことでも言った?
KOGITSUNEの言葉の意図がよく分からず
首をひねっていたところ。
すぅっと視界が真っ暗になる。
KOGITSUNEの怪しい笑い声だけが響く中、
徐々に、徐々に……
……意識が遠のいていったのだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!