翌朝。
目が覚めたカホは、
いつの間にか眠りについていたことに気がついた。
眠い目をこすりつつ、ゆっくり体を起こす。
起き上がったカホが感じたのは、
ちょっとした違和感。
起き抜けでぼんやりする頭を
あくびまじりに働かせはじめた直後、
カホに残っていた眠気が綺麗に吹っ飛んだ。
思いだしたのだ。
昨日の出来事の全てを。
……いや、
あんなおかしなこと、
普通に考えて起きるわけがない。
あれは夢に違いない。
夢であってほしい。
全部悪い夢だったんだ、きっとそう
たぶん夢だと……思いたい。
*****
登校したカホを待ち受けていたのは、
この日、鈴野サナが学校に来ていない
という事実であった。
高校2年生の春に
同じクラスになってからこれまでの
およそ3ヶ月の間、
サナが学校を休んだなんてカホの記憶にはない。
すなわち彼女の欠席により
昨日の出来事が、夢ではなく現実だったという
残酷な証明がなされてしまったのに等しいのだ。
なお朝のHRでは、
担任教師より生徒たちへ
「鈴野サナが事故に遭って大怪我をした。
命に別条はないものの、
しばらくM市立病院に入院が必要な状況で
その間は学校を欠席することになる」
という旨の連絡事項が簡単に伝えられた。
サナは、生きている。
彼女が命を落としてしまうという
最悪の事態だけは避けられたようだと知り、
カホは、ほっと胸をなでおろした。
だからといってもちろん、
依然としてカホの心が不安まみれであることに
変わりはないわけなのだが。
*****
HR終了直後、
真っ青な顔で窓際の自分の席に座っていたカホに
こそっと話しかけてくる人物がいた。
塚橋ユリエ。
彼女の真顔に、
カホは思わず後ろめたさを感じてしまう。
ユリエは昨日の事件のもう1人の当事者だ。
そして他でもないサナの1番の親友でもある。
目の前で事故に遭った親友を見捨てて
逃げ帰った自分に対し、
彼女が怒りを覚えたって不思議ではない……
……そんなことを考えながらも、
とりあえずカホも挨拶を返しておく。
*****
数時間後の昼休み。
指定された空き教室を訪れたカホは、
入口ドアを開けるや否や、
目の前のユリエに精一杯の謝罪をぶつけた。
午前の授業中に勉強そっちのけで
「自分はどうすべきか?」
を考えた結果、
「やはり謝罪すべきだ」
という結論しか浮かばなかったのだ。
カホがようやく静かになったのを確認し、
ユリエがブツブツ独り愚痴をこぼし始めた。
おそるおそるカホがたずねる。
呆れたような表情に変わるユリエ。
ユリエは一瞬だけやや厳しい顔を見せたあと、
意を決したように口を開いた。
ユリエの予想外の発言に面食らい、
口をぽかんと開け言葉を失ってしまうカホ。
ユリエが落ち着いた口調で仕切り直す。
ユリエいわく呼び出した理由は
「話しときたいことがある」とのことだった。
ならばカホには心当たりが1つしかない。
カホはためらった。
昨日の出来事は、
正直いってとても恐ろしかった。
思い出すだけで体が震えそうになってしまう。
だが。
このまま
何も知らないままで、
果たして本当に良いのだろうか?
そう思った瞬間、カホは決意した。
はっきりと返事を返すカホに、
ユリエが軽く微笑んだ。
それだけで思わず裏返った声を出すあたり
さすがは「彼氏いない歴=年齢」といったところ。
ユリエが即答で否定。
突然、重苦しくなる空気。
無理もないだろう。
この2人はごくごく普通の
どこにでもいるような高校生に過ぎない。
それにも関わらず、
顔見知りのクラスメイトが車に撥ねられるのを
至近距離にて目撃するという
衝撃的な体験をしてしまったばかりなのだから。
しばしの沈黙のあと。
カホがゆっくりと口を開いた。
ユリエの顔色が変わる。
ユリエの叫びに、カホは思わず固まる。
珍しく感情を爆発させたユリエだったが、
戸惑いを浮かべるカホの表情を見て
正気に戻ったようだ。
気まずそうに空き教室を出ていくユリエ。
その後ろ姿を、
カホはただ呆然と見送っていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。