翌朝、
「ちょっとぶらぶらしてくるっ」
というメイリと別れ、
カホはいつも通り学校へ。
放課後になる頃、
北高まで迎えにきたメイリとカホは再び合流。
揃って目的地へと向かう。
カホはちょっとドキドキしていた。
昨夜の就寝直前、メイリにいわれたことを
思い出してしまったのだ。
メイリいわく、
昨日のハルオミとカホとは
「いい感じ」に見えたらしい。
カホとしてはそんな意図は全くなかったのだが、
あらためて思い返してみると
傍から見ればそうだったのかも……
……なんて思えてきてしまう。
もちろん彼女だって
今の自分達はそんな浮かれたことを
考えている場合じゃないことぐらいわかっている。
何たって、これから
“心霊ちゃん” 騒動の犯人の元へ
直接乗り込む予定なのだから。
だがカホの脳内は
考えないようにしようとすればするほど、
“いい感じ” との言葉から広がる妄想が
あふれだして止まらなくなってしまうのだ。
悩むカホなどお構いなしに、
約束の時間と場所とは
徐々に徐々に近づいてきて……
……そしてとうとう、着いてしまった。
待ち合わせ場所には
先にハルオミが到着していたのだが……
彼の姿を見た瞬間、2人は難しい顔になった。
同時に、
カホの妄想&心配事も
きれいさっぱり消え去ったようで
何より(?)である。
そんなことなどつゆ知らずなハルオミは
現在、タブレット端末での作業に夢中であり、
カホ達の到着にすら気づいた様子はない。
とりあえずカホが声をかけると、
ハルオミはひょいっと顔をあげた。
ハルオミの荷物は
背中に背負っているリュックサック1つのみ。
だがそれが
とてつもなく大きいのだ。
しゃがんだ大人1人ぐらいなら
余裕で入ってしまいそうなサイズである。
しかもリュックはパンパンに膨らんでいる模様。
中にはぎっしり物が詰まっているに違いない。
現在、霊体状態の妹の姿を
認識できないハルオミのために、
昨日に続き伝達係を任されているカホは、
慣れた様子で、メイリの発言を要約し伝える。
ハルオミは答えるかわりに
持っているタブレット端末をササッと操作し、
カホのほうへと画面を向けた。
画面の中には何やら
デジタルな立体のようなものが展開されている。
*****
犯人が根城としているらしい小さな廃ビルは、
街はずれにある工業団地の中に建っていた。
見渡す限り立ち並ぶのは古めかしく
寂れた感じの工場等の建物ばかりであるものの、
実際にそのあたりに近づいてみれば
温かみや生活感で溢れていて
「ここは人が暮らす町なのだな」と
なんとなく安心感のようなものを覚える。
だが、この廃ビルを含む一角は別だ。
周辺とは打って変わって
廃ビル近辺には人の気配が全くない。
これだけで既に異質。
しかも夕方とはいえまだ明るい時間の上
今日は7月も半ばのはずなのに、
なぜか廃ビルのあたりだけは肌寒く感じるのだ。
廃ビルを見上げ、カホはごくりと唾をのみこむ。
彼女の緊張感を感じ取ったらしい
式峯兄妹が声をかけた。
――いまさら引き返したりなんかしない、
覚悟なら……とうに決めている!
そんな決意がこもったカホの瞳に、
もう迷いの色はなかった。
廃ビルの入口には一応、鍵がかかっていた。
だが、 “壁すり抜け” など
人間離れした裏技が使える
霊体状態のメイリの手にかかれば、
簡単な開錠など朝飯前。
法律的に言えば
色々まずいのかもしれないが、
今はそんなことなど言ってはいられない。
メイリを先頭に、カホ、ハルオミの順で
薄暗い廃ビルの中へと慎重に歩を進めていく。
*****
ハルオミの調べによれば、
かつてはこのビルには
いくつものオフィスが入居していたものの
ここ何年かは全く使われておらず、
適切な管理業務も行われていないことから
荒れ放題となってしまっているらしい。
装飾やインテリアもほぼなくガランとしている上、
あちこちのガラスやら壁やらドアやらが
ひび割れたり壊れたりしていて、
まさに「廃墟」と呼ぶのがふさわしい場所だ。
電気も通っておらず、
窓から漏れ出てくる光もわずかであるため、
ハルオミが持ってきた懐中電灯が
彼らの明かりのメインとなっている。
当然、エレベーターも動くはずが無い。
周囲に気をくばりながら
埃まみれの階段を上っていく。
4階まで上ったあたりで、
一同は一斉に異変に気づいた。
明らかに空気がおかしいのだ。
どことなく淀んでいて、重苦しくて……
……なんだか寒気が止まらない。
奥へ進めば進むほど、
異変はどんどん濃くなっていく。
4階フロアにいくつかあるうちの
ひとつのドアの前に到着したところで。
そう思ったカホが横を見ると、
2人揃って同じく確信を持った顔をしていた。
無言でうなずき合う一同。
そして……
――バンッ!
気合いを入れたメイリが
思いっきりドアを押し開け室内へ入り、
その後ろにカホも続く。
部屋の中に入った瞬間、カホは思わず息をのんだ。
おどろおどろしい空気が渦巻く中心に……
……いたのだ、
“心霊ちゃん” 事件の犯人である “怨霊” が。
それは、
突然入ってきたカホ達を睨みつけるように
ワナワナと震えていた。
そして怨霊の後ろに無造作に置かれているのは、
青白く光る古めのデスクトップPC。
その画面には、
“心霊ちゃん” 関連の画像などが
多数表示されているようだ。
1歩遅れて室内に飛び込んできたハルオミが、
怨霊を目にして驚きの声を上げた。
さっきより激しく驚くハルオミ。
ハルオミの言葉をさえぎるように怨霊が吠えた。
その叫びから発生するあまりの圧力に、
固まってしまう一同……
……と思ったら、
カホをめがけて、
一直線に怨霊が襲い掛かってくる!!
思わずカホがぎゅっと目をつぶり、
――ダメだやられるっ……!
そう思った次の瞬間……
よく通るメイリの声が響いた。
しーんと静まり返る室内。
何も起きないことを疑問に思ったカホが
おそるおそる目を開けると、
そこには呆然とする怨霊の姿があった。
メイリの言葉をきっかけに
昔を懐かしむようにしていた怨霊だったが、
急に表情がこわばった。
その虚ろな瞳は、ただ1点を見つめている。
不思議に思ったカホが、
怨霊の視点をたどってみると……
驚愕したのはカホとメイリ同時だった。
なぜなら、
彼女達の少し後ろにて
真面目な顔で身構えているハルオミの手には、
「某・有名な “消臭スプレー”」が
握られていたからだ。
しかも右手と左手に1つずつ……合計2つも。
ハルオミの「幽霊退治」という言葉に反応し、
怨霊が再びヒートアップし始めた
説教をはじめそうになるハルオミだったが、
メイリが気合い&得意の金縛りをかけた途端、
パタッと動かなくなってしまった。
あっけにとられるカホと怨霊。
そうハルオミに言い放ってから、
メイリは怨霊のほうに向きなおって頭を下げる。
よく分からないメイリの勢いに押され
思わずうなずいてしまう怨霊。
カホが何と答えるべきか迷っていると。
さらっとメイリが答えた。
カホはちょっと不安になる。
怨霊から漏れ出る怨念のようなものが
瞬間的にもわっと強さを増した。
カホは思わず怖気づいてしまう。
メイリの言葉に反応するように、
怨霊が悲しそうな顔を見せた。
訳が分からずつぶやくカホ。
にこっと怨霊へ笑いかけてから、
メイリはカホのほうへと向き直った。
怨霊がこくりとうなずいた。
いったんおとなしくなっていたはずの怨霊が
再び徐々に怒りのオーラをまといはじめた。
ぽつんと発したカホのひとことに、
怨霊が戸惑いの表情を浮かべた。
いつの間にかカホの目には涙が浮かんでいた。
何やら思うところがあったのか、
怨霊は黙りこくっている。
カホは心の中で思った。
一瞬、口に出しかけたが
メイリが「あたしに任せろ!」とばかりに
軽くウインクを飛ばしてきたのもあって
ぐっと飲み込むことにした。
メイリの説明は、間違ってはいない。
間違っているわけではないのだが……
……自分のことを棚に上げているのは否めない。
「“心霊ちゃん” を止める」
と宣言した怨霊からは、
どことなくスッキリしたものを感じた。
たぶんこれで一連の事件は解決に向かうはず。
そう思ったカホは、
ほっと静かに胸をなでおろしたのだった。
急なメイリの提案に、
びくっとするカホ&怨霊。
怨霊がうつむく。
じっくり……じっくりと考え込んでから……
……彼女は首を縦に振った。
一同はすっかり忘れていた。
突入直後のかなり早い段階で、
メイリがハルオミに金縛りをかけたまま
しばらく放置してしまっていたことを。
金縛りを解除された直後のハルオミは
何か言いたい事がありそうな顔はしていたものの、
まずはカホのスマホで写真を撮ってくれた。
*****
撮影が完了したところで、
怨霊は、すうっと消えていく。
完全に彼女が消え去った後、
ふとカホはスマホの画面へと目をやった。
そこに写っている “怨霊” の顔は、
とても穏やかで晴れやかな表情に見えたのだった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。