とある9月上旬の金曜日の、夕方のこと。
学校から自宅マンションへと帰ってきた
梓山カホの様子は、少しばかり不自然だった。
リビングの椅子に座ったかと思うと
すぐに立ち上がっては無駄にウロウロ歩き回ったり。
左手で固く握りしめたスマホの画面や
壁に掛けられたシンプルな時計を
何度も何度もチラチラ見ては、
時々ふぅっと大きく息を吐いてみたり。
どことなく落ち着きがないというか……
妙にそわそわしているというか……
……とにかく、
いつも通りでないことだけは確かである。
――ピンポーン♪
来客を知らせるチャイムの音。
カホはバッと顔を上げたかと思うと、
慌てて玄関のほうへと駆け出していった。
*****
少し緊張気味に玄関のドアを開けるカホ。
その先にいたのは……
人懐っこい笑顔で笑う式峯メイリ。
実はこの日の昼間にカホのスマホへ
「たのみたいことがある」
というメイリからの連絡が届いた流れで、
放課後に急きょ2人で会うことを決めたのだ。
カホの家にメイリが来るのは
初めてではなく、これで2回目となる。
だが人見知りなカホは、
そもそも来客というものにあまり慣れていない。
しかも1回目に来た時のメイリは
幽体状態で飲食が不可能であった上、
“犯人との対決前日” ということで
打ち合わせが必要な事項も多かったなど、
特殊な事情がいくつか重なりまくっていたため
カホがあまり深く考えていない部分もあった。
「同年代の女の子が遊びに来る場合、
どうやって迎えるのが正解なんだろう?」
さっきのカホがやや挙動不審であったのは
そんなことをぐるぐる考えていたから、
という理由からのようだ。
とはいえ、もう既にメイリは来訪済み。
カホは少々ぎこちないながらも
自分の部屋へとメイリを招き入れたのだった。
*****
部屋に入り、
カホが用意したアイスティーで
一息ついたところで、
思い出したようにメイリが言った。
思わずアイスティーを吹き出しかけるカホ。
決してカホだって
ハルオミのことが気にならないわけではない。
現に1ヶ月前、
彼と2人でごはんを食べに行った際だって
カホの心臓はドキドキしっぱなしだった。
しかし、何度も言うが
そもそもカホは人見知りである。
家族や親戚以外の人間と一緒に外食すること自体
ほとんど経験がない彼女にとって、
ハルオミに限らず
「誰かとごはんを食べに行く」
というシチュエーション自体が
最初から最後まで新鮮なものだったのだ。
果たしてあの時のドキドキが
ハルオミへの “好き” だったのかどうか……
……正直なところは
「自分でもよく分からない」というのが
現段階の彼女の本音なのである。
反論したい気持ちはあったものの、
心の中の言葉をぐっと飲みこみ、
カホは話を変えることにした。
そう。
今日こうやってカホの家に
2人が集まることになったのは、
元はといえば
「たのみたいことがある」
というメイリからの連絡が発端なのである。
と自分のスマホを取り出し操作するメイリ。
メイリがカホに向けてスマホを差し出した。
表示されていたのは、動画のサムネイル画像。
黒っぽい背景の上に、
赤文字の殴り書きっぽいタイトルが入っている。
動画タイトルを読み上げるカホ。
といたずらっぽく笑ってから
メイリは動画の再生ボタンを押したのだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!