夏休みも間近に迫った7月とある日の昼休み。
いつものようにサクッと昼食を食べ終え、
教室の窓際にある自分の席にて
静かに読書をしていたはずの梓山カホは、
一瞬、自分の耳を疑った。
なぜなら先程聞こえてきた言葉は、
カホにとって
絶対にありえないものだったからである。
そもそも彼女には、
友達なんていないはずだ。
これは今に限った話じゃない。
カホが生まれてから今日にいたるまで
友達と呼べるような存在がいた試しなど
ただの1度だってないのである。
もちろんカホが一匹狼的なポジションを好み
あえて孤独を貫いているのならば、
それでも特に問題ないのだろう。
だが、彼女は違う。
むしろ物心ついたばかりの頃から
“友達” というものに
“強い憧れ” を抱き続けているのだ。
「だったらさっさと友達作ればいいのに」
……なんて思う方もいるだろう。
カホだって、できることならそうしたかった。
しかし不幸なことに
彼女はちょっと不器用だった。
性格も消極的で口下手で、
自分から人に話しかけるなんて
考えただけでも身震いしてしまって、
まわりの子供達同士が
自然と喋ったり仲良く遊んだりする様子を
うらやましくながめるだけで精一杯。
目立たず存在感も薄いせいか
周囲の人から話しかけてくるなんてほぼ皆無。
そんな状況で
友達なんかできるはずもなく、
ましてや彼氏なんてできるはずもなく……。
……どうしていいか分からないないまま
ずるずると日々を過ごし続けてしまった結果、
気がつけばカホは、
万年ひとりぼっち状態で
高校2年生の夏を迎えてしまったのだった。
今までの自分の生い立ちを
走馬灯のように思い出していたカホだったが、
塚橋ユリエの呼びかけでようやく我に返る。
軽く笑って言葉を返す鈴野サナ。
その表情を見たカホは、改めて思う。
美人で明るく元気で
どこにいてもとりわけ目を引くサナは
普段からクラスの中心にいる。
というかむしろ
“サナがいる場所が軸となり、クラスが回っている"
と言っても過言ではない。
そしてサナと常に一緒にいるのがユリエだ。
年の割にやや大人びた印象の彼女は、
サナに比べ穏やかで落ち着いた感じに見える。
そのため2人で並んでいるところを
ぱっと見ただけでは
華やかなサナに目が行きがちなため、
ユリエ自身の印象は非常に薄く思えてしまう。
だがよくよく見ると
実はユリエも非常に整った顔をしていて、
サナに負けず劣らずの美少女である。
要するにサナとユリエは、
クラスのカースト最上位に所属しているのだ。
対して学校でのカホはというと、
休み時間になるといつも
自分の席で趣味の読書にひたすら没頭している。
だがふとした瞬間、
明るくにぎやかな笑い声に惹かれ
そちらへ思わず視線をやってしまう。
すると必ず
楽しそうなサナとユリエの姿が目に入るのだ。
その度にカホは実感する。
自分と2人とが違う世界の住人であることを。
人と喋りもせず友達も作れず常にボッチな自分は、
2人と違って
クラスのカースト最底辺にいることを。
2人とカホとの接点といえば
同じクラスだということ以外ないはずだ。
そもそも喋ることすらさっきが初めてだった。
それなのに。
サナとユリエのほうからカホへ、
声をかけてくれるなんて……
……カホにとっては、
ありえないほど衝撃的な出来事。
あまりに衝撃的過ぎて
思わず唐突な回想にふけってしまったカホだったが、
時間が経つにつれ、
2人の「一緒に遊ばない?」という誘いが
自分にとってどんな意味を持つのかを
徐々に理解できるようになった。
そして彼女はようやく気がついた。
今こそがまさに
憧れが現実になる瞬間なのだ、と。
再びのサナ達の誘いに、
カホは今度こそちゃんと答えることができたのだった。
*****
その後カホは、一応ちゃんと机に向かって
午後の授業を受けはしたものの、
どうにも集中することができなかった。
事あるごとに何度も何度も時計を見ては
そわそわしているうち……
……やっと、放課後を迎えた。
*****
指定された公園にカホが到着した時には既に、
公園内のベンチに座るサナとユリエの姿があった。
自分に気付いた2人が親し気に手を振ってくる。
それだけで嬉しくなってしまったカホは、
ベンチの真ん中、サナとユリエに挟まれる場所に
言われるがまま腰をおろした。
カホには耳慣れない言葉。
よく話が飲み込めていないカホのために、
ユリエが解説を付け加える。
ユリエは手早く自分のスマホを操作してから、
画面をカホのほうに向けた。
ユリエのスマホには、
「心霊写真撮影アプリ 心霊ちゃん」
「START」
という文字が表示されている。
いわゆるスタート画面というやつだ。
画面が、マップ表示に切り替わる。
表示されているマップは
一般的な地図アプリで見るのと
ほぼ同じような感じだ。
色は全体的にモノクロでまとまっている。
黒っぽい色をベースにし、
灰色で簡略化された道路が表示されているのだ。
と、カホが指さしたのは
幽霊のイラストが描かれた真っ白なアイコン。
シンプルな黒と灰色のマップの中に
ポツンと置かれているせいか、
妙に目立って見えるような気がする。
*****
――カシャッ。
ユリエがスマホの撮影ボタンを押すと、
レトロカメラのシャッター音みたいな音が響いた。
無意識に溜め込んでしまっていた息を
肺から一気に吐き出し、カホは呼吸を再開する。
笑顔のサナに合わせ
思わず笑って見せたカホの心臓は、
言葉とは裏腹にまだバクバクと激しく動いていた。
無理もないだろう。
スマホで写真を撮り合うというのは、
サナにとっては何気ない日常なのかもしれない。
しかしカホにとってはそうじゃない。
こうやってサナやユリエと共に過ごす
一瞬一瞬の出来事が、
カホには全て特別なイベントに思えるのだから。
確認のため画面をのぞきこんでいるユリエに、
サナが声をかける。
加工が終わった画像を目にし、
やや顔をしかめるユリエ。
先程までレンズの数m先にいたサナとカホの元へと
苦笑いしながら移動するユリエ。
ユリエに見せられたスマホ画面に、
2人も驚きと恐怖が混じったような声をあげた。
画面に映るのは、
撮影時のシャッター音同様
どことなくレトロ調な1枚の写真。
写真が切り取っているのは、
同じセーラー服を着用したサナとカホが
公園のブランコの横に立っている姿。
自信たっぷりに笑ってポーズを決めているサナと、
ガチガチに緊張した面持ちで棒立ち状態なカホとは
ある意味対照的だ。
そんな2人が並ぶ様子には
ちょっとした違和感こそ感じられるものの、
それだけならば
いたって普通の写真と言ってよいだろう。
だが……2人の間に写っているのだ。
明らかに嘆いていると分かる表情に顔を歪めた
白っぽく透き通った男の幽霊の姿が。
写真自体のレトロな仕上がりも相まってか、
彼の顔を見ただけで
背中にゾクッと寒気が走ってしまう。
画面に並んで映るサナとカホの外側の肩には
それぞれ白っぽい手のようなものが乗っており、
まるで男の幽霊が後ろから
2人の肩を抱きしめているかのように見える。
再びスマホを操作したユリエが、
今度はカホにSNSの画面を見せる。
ユリエとカホとの何気ない会話を中断したのは、
突然サナが発した驚きの声。
サナは、手に持ったスマホの画面を凝視していた。
いつのまにやら皆の会話から外れ、
自分のスマホを触っていたのだろう。
サナは得意気に笑い、
“心霊ちゃん” のマップは表示されている
自分のスマホをユリエに見せる。
何かに気付き喋りかけたユリエだが、
「静かに」というサナの合図で
黙り込んでしまった。
と、ユリエは柔らかく微笑む。
カホは少し引っかかるものを感じた。
ただ本人が「気にしないで」と言っている以上、
ここで引き下がるのが無難だろうな
と思うことにしておく。
間髪入れずに、今度はカホにスマホを向けるサナ。
目の前の “心霊ちゃん” のマップの中央には、
先程の白いアイコンとは色違いの
真っ赤な幽霊アイコンが表示されている。
いたずらっぽく笑うサナの言葉に、
カホも思わずにやけてしまう。
嬉しそうに1人駆け出していくサナ。
不満気ながらも
慣れた様子で即座にサナに合わせ走り出すユリエ。
急な出来事に
その場でぼけっとしてしまうカホだったが……。
自分が置いて行かれそうになっている
という事実に気付いた瞬間、
慌てて2人の後ろ姿を追いかけ始めたのだった。
*****
公園を出て数分走ったあたりで
先頭を行くサナが足を止めた。
ほぼ同時にユリエが到着。
そしてカホも
やや遅れ気味ではあったものの、
サナとユリエを見失うことなく
目的地へと同行することができたようだ。
彼女にとっては
生まれて初めてともいえる
クラスメイトからの特別扱い。
高鳴りすぎて踊り始める心臓をなだめつつ、
カホは感謝の言葉を伝える。
サナが指さしたのは、
大通りの脇に植えられている街路樹の1本。
どうやらここが、
赤い幽霊アイコンで示された
「激レア幽霊がいる場所」らしい。
駅や商店街に近いこともあって、
人通りはまばらながらもそこそこある。
そんな平凡な日常光景に
違和感もなく溶け込んでいる
特に変わったところもない街路樹。
“激レア” という言葉が似合わない場所だと思いつつ
街路樹の前に立ったところで、カホがたずねる。
――カシャッ
撮影を終えちょっとホッとしたカホが
そんなことを考えていると、
スマホを手に持ったままのサナが
笑顔で話しかけてきた。
突然のサナの言葉を処理できず、
カホは首をかしげる。
カホの表情がこわばる。
現在のサナの様子は普通じゃない。
怖いぐらいギラギラ輝く瞳。
衝撃的に大きく歪む口元。
力強く興奮しきった早口の声。
常軌を逸した高笑い。
いつもの彼女の整った顔立ちから
全く想像すらできないであろうその姿は、
誰の目からも異様に映り
見た瞬間に恐怖を感じてしまうほど。
そんな彼女の言葉には、
非科学的な一連の話に説得力を持たせるぐらい
得体のしれない迫力がこもっていたのだ。
感情任せに怒鳴り散らしていたサナが、
突然、困惑した顔で黙り込んだかと思うと……
……絶叫が響き渡った。
思わず固まってしまうカホ。
ユリエの心配そうな言葉は届くことなく、
狂った叫び声にかき消されてしまう。
怯えきった顔のサナは、
歩道に尻餅をついた状態で、
真正面を凝視している。
だが……その方向には
怖がるような対象など何も無い。
無いはずなのだが……
――サナには、何かが見えている?!
そう断言できそうなほど、
彼女の形相は恐怖と緊迫感に支配されていた。
半狂乱になったサナが、
勢いよく逃げ出す。
その様子はまるで、
近寄ってくる何かを振り切り
必死に遠ざかろうとするかのよう。
その結果――
―― キキィーッ、バンッ!!
不快に響くブレーキ音と同時に、
サナの体が宙を舞った。
うっかり車道に飛び出した彼女は、
ちょうど通りがかった黒の自動車に
撥ねられてしまったのである。
ユリエとカホから数mという近距離で、
投げ出されるがままに空中で一回転するサナ。
すらりとした長い手足が優雅な弧を描きゆく中……
サナとカホとの目が合った。
驚きに染まる瞳に射抜かれた瞬間、
カホの心がずきっと痛んだ。
その一瞬でサナが
「助けて!」
と必死に訴えかけてきたような気がしたのだ。
視線が交差したのは
ほんのコンマ数秒という僅かな間。
けれどもカホにとっては
その何倍も何十倍もの時間に思えたのだった。
そして……
――ドサッ
サナは車道に落下した。
鈍い音と共に。
そのままぴくりとも動かなくなった。
右足を、不自然な角度に曲げたまま。
サナが倒れた地点から、
徐々に赤っぽい液体が流れ始めた。
じわぁ……じわぁ……じわぁ……
どろっとした不穏な赤が、
凹凸だらけなアスファルトの濃灰色を侵食していく。
じわぁ……じわぁ……じわぁ……
ひたすらに広がり続ける液体が、
サナの周りを埋め尽くし、
どす黒い赤の水溜まりを作り上げた頃……
……ようやくカホは理解した。
その赤い液体は、
サナから流れ出たばかりの鮮血なのだ、と。
我に返ったユリエが、
車道に倒れるサナへと駆け寄る。
ぞろぞろと集まってくる通行人達。
悲鳴のようなざわめきも段々大きくなっていく。
カホだって、頭の中では分かっている。
自分もユリエのように
何かしなければならないのだと。
なのに体が動かない、動いてくれない。
声すらまともに出ない。
まるで……凍り付いてしまったかのように。
せっぱ詰まった声と共に、
いきなり背後から肩を叩かれたカホは、
声にならない悲鳴を上げた。
バッと振り返った先にいたのは、見知らぬ男。
彼の睨みつけるようなキツイ視線に、
思わずカホはすくんでしまう。
男はカホが振り返るやいなや、
矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。
言葉に詰まり、目をそらしてしまうカホ。
勢いよく詰め寄ってくる男の言葉に
頭が真っ白になったカホは、
全速力でその場から逃げ出してしまった。
*****
脇目もふらずに帰宅したカホは、
ごはんも食べずに自分の部屋へと直行し、
着替えもせずに制服のままベッドにもぐりこむ。
いつも通りやわらかな布団に包まれ
少しほっとした瞬間、
先ほどの生々しい光景が頭によみがえった。
振り払おうとすればするほど
記憶は余計に鮮明になっていくばかり。
カホはただ、布団の中で震えあがりながら
心臓を押し潰そうと襲い来る恐怖や罪悪感から
懸命に逃げ続けることしかできなかった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。