“心霊ちゃん” のシャッター音が鳴り響き、
カホは絶望に襲われる。
と同時に
それまで全身を縛るように押さえつけていた圧力が
ふぅっと抜け、体の自由が戻ってきた。
思わずその場にへたり込むカホ。
――自分も、噂話に出てくる被害者や
昨日の鈴野サナのようになってしまうのか?
このような考えが頭をよぎった瞬間、
カホを襲ってきたのは……
……心臓を押し潰すほどの、恐怖。
取り乱していたカホを
ふわっと包んだのは、
あたたかみのある女の子の言葉。
想像していた恐怖とは真逆。
そんな明るさ前回な声を唐突に耳にし
戸惑ってしまったカホは、
声のした背中のほうへと視線を移した。
そこにいたのは、
ふわふわと宙に浮かぶ女の子の幽霊。
姿形は人間っぽいのだが、
全体的に白っぽく半透明に透き通っているし、
そもそも空を飛んでいるあたり
「“いかにも” な雰囲気の幽霊」そのもの。
ただし、カホが想像していた
「見るだけで震えあがってしまうような
おどろおどろしい幽霊」
という像からは大幅にかけ離れている。
というかこの幽霊……かなり可愛い。
カホがぽろっと疑問をこぼす。
目の前の幽霊に見覚えがなかったのだ。
しかしどうやら幽霊側は
カホのことを知っているらしい。
先程「カホ」と名前で呼んでいたことからして
それは明らかだと考えてよいだろう。
カホの疑問をきっかけに、
女の子幽霊が何かに気づいた模様。
あっけらかんと笑う幽霊。
彼女のマイペースな言動に、
今のところカホはいまいちついていけていない。
カホは先程の会話を思い出しつつ、
幽霊の女の子を観察してみる。
カホの脳内にて、
ハルオミとの会話の一部が再生される。
――妹さんがいらっしゃるんですね
――ああ、
君よりも1学年下の高校1年生で
M市立南高等学校の生徒だ
差し出されたメイリの手を
反射的に握り返し握手してしまったカホが、
少し遅れて驚きの声を上げた。
もう1度手を差し出してくるメイリ。
カホが戸惑いつつも
指先で触れようとしてみると……
さっきと違い、触ることができなかった。
今度はさっきの握手の時と同様、
カホはきちんとメイリに触れることができた。
生身の人間とは違って
メイリの手はひんやりしていた。
感触としては弾力があって冷たくて、
例えるなら
「冷蔵庫で冷やしていた蒟蒻ゼリー」
というのがぴったりだろう。
カホは絶句してしまった。
はっとするカホ。
鈴野サナの昨日の様子を思い出したのだ。
説明をしながら
実際に近くのブロック塀をすり抜けたり、
カホの周りをくるくるっと
軽やかに飛んでみせたりなど実演していくメイリ。
そんな彼女を、カホは
ただただぽかんと目で追っていく。
――ブルルル、ブルルル、ブルルル……
何か喋ろうとしたメイリをさえぎるように、
カホの携帯のバイブが鳴り響く。
スマホに表示されているのは
「式峯ハルオミ」という名前と
さっき交換したばかりの電話番号。
カホは急いで電話に出る。
やけに焦っている電話越しのハルオミ。
しかしカホには
そんなに焦られるような心当たりなど何もない。
ハルオミは、何か違和感を抱いたらしい。
このあとも噛み合わない会話が延々続く。
電話では埒があかないとの結論で
まとまった2人は、
直接会って話すことにしたのだった。
*****
電話終了後、
カホとメイリが路地裏で待っていると、
割とすぐにパステルイエローの車が戻ってきた。
車が道の脇に止まるやいなや運転席のドアが開き、
ハルオミが降りてくる。
電話では半信半疑だったハルオミだが、
現場の状況を直接確かめたことで、
カホの「無事だ」という言葉を信じたようだった。
段々と眉間にシワが寄り、
ハルオミの顔の険しさが増していく。
ぷかぷか宙に浮いたメイリがすかさず
元気よく手を挙げるが、
彼女の目の前にいるはずのハルオミからは
全く何も反応が返ってこない。
カホは言われるがまま、
メイリの言葉をハルオミに伝えていった。
*****
ハルオミに状況を説明するのは
なかなかに骨が折れた。
何といっても彼は
霊体状態のメイリを認識できず、
姿も見えなければ、声も聞こえないのだ。
まずは彼女の存在を信じさせることから
始めなければならず、カホは苦労した。
最終的にはしびれをきらしたメイリが
お得意の金縛りをハルオミにかけ始めてしまい……
……身をもって超常現象を体験したことで
ようやく彼も、
メイリが霊体で存在しているということを
認めざるを得なくなったのだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!