一
ぶらりと両手を垂げたまま、圭さんがどこからか帰って来る。
どこへ行ったね
ちょっと、町を歩行いて来た
何か観るものがあるかい
寺が一軒あった
それから
銀杏の樹が一本、門前にあった
それから
銀杏の樹から本堂まで、一丁半ばかり、石が敷き詰めてあった。非常に細長い寺だった
這入って見たかい
やめて来た
そのほかに何もないかね
別段何もない。いったい、寺と云うものは大概の村にはあるね、君
そうさ、人間の死ぬ所には必ずあるはずじゃないか
なるほどそうだね
と圭さん、首を捻る。圭さんは時々妙な事に感心する。しばらくして、捻ねった首を真直にして、圭さんがこう云った。
それから鍛冶屋の前で、馬の沓を替えるところを見て来たが実に巧みなものだね
どうも寺だけにしては、ちと、時間が長過ぎると思った。馬の沓がそんなに珍しいかい
珍らしくなくっても、見たのさ。君、あれに使う道具が幾通りあると思う
幾通りあるかな
あてて見たまえ
あてなくっても好いから教えるさ
何でも七つばかりある
そんなにあるかい。何と何だい
何と何だって、たしかにあるんだよ。第一爪をはがす鑿と、鑿を敲く槌と、それから爪を削る小刀と、爪を刳る妙なものと、それから……
それから何があるかい
それから変なものが、まだいろいろあるんだよ。第一馬のおとなしいには驚ろいた。あんなに、削られても、刳られても平気でいるぜ
爪だもの。人間だって、平気で爪を剪るじゃないか
人間はそうだが馬だぜ、君
馬だって、人間だって爪に変りはないやね。君はよっぽど呑気だよ
呑気だから見ていたのさ。しかし薄暗い所で赤い鉄を打つと奇麗だね。ぴちぴち火花が出る
出るさ、東京の真中でも出る
東京の真中でも出る事は出るが、感じが違うよ。こう云う山の中の鍛冶屋は第一、音から違う。そら、ここまで聞えるぜ
初秋の日脚は、うそ寒く、遠い国の方へ傾いて、淋しい山里の空気が、心細い夕暮れを促がすなかに、かあんかあんと鉄を打つ音がする。
聞えるだろう
と圭さんが云う。
うん
と碌さんは答えたぎり黙然としている。隣りの部屋で何だか二人しきりに話をしている。
そこで、その、相手が竹刀を落したんだあね。すると、その、ちょいと、小手を取ったんだあね
ふうん。とうとう小手を取られたのかい
とうとう小手を取られたんだあね。ちょいと小手を取ったんだが、そこがそら、竹刀を落したものだから、どうにも、こうにもしようがないやあね
ふうん。竹刀を落したのかい
竹刀は、そら、さっき、落してしまったあね
竹刀を落してしまって、小手を取られたら困るだろう
困らああね。竹刀も小手も取られたんだから
二人の話しはどこまで行っても竹刀と小手で持ち切っている。黙然として、対坐していた圭さんと碌さんは顔を見合わして、にやりと笑った。
かあんかあんと鉄を打つ音が静かな村へ響き渡る。癇走った上に何だか心細い。
まだ馬の沓を打ってる。何だか寒いね、君
と圭さんは白い浴衣の下で堅くなる。碌さんも同じく白地の単衣の襟をかき合せて、だらしのない膝頭を行儀よく揃える。やがて圭さんが云う。
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