第7話

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2022/09/07 11:00
 会社が終わる頃、「今日飲みに行く?」とメールしたら即効で「魚徳で」と返事が返って来た。魚徳は2回目に行った刺身のおいしいお店だ。日本酒もあたし好みのものが揃っていてお気に入り。

 ところが終業間際に得意先から電話がはいったりして、けっこう遅くなってしまった。冷たい北風に顔をなぶられながら、あたしはカツカツ、タイルを蹴り飛ばしながら急いだ。
 「魚徳」に着くと上条はもう先にやっていた。しかも二合徳利を一本あけて、二本目に行っている。
 焼いた金目の皿を前に、テーブルにつっぷしていた。
牧原美紗
ちょっと、大丈夫なの?
 あたしは声をかけて前に座った。上条は赤くなった目であたしを見上げた。
上条澄
大丈夫じゃない
牧原美紗
なによ、もうそんなに酔ってるの?
上条澄
違う
 上条はため息をつくとあたしに徳利を向けた。
上条澄
意外とダメージがでかかったんだ……
牧原美紗
……
 花嫁か。
 あたしは注がれた酒をあおった。

 想像してみる。新婚旅行から戻った花嫁。幸せいっぱいで、たぶん、女子だからうちの早瀬よりもう少しみんな遠慮がちに冷やかしたんだろうな。それにはにかみながらきれいな笑みで挨拶して。
 それで上司の上条のところに「これ、おみやげです」なんてお菓子とか渡して。
 上条はにこやかに受け取って「じゃあまた今日からよろしく頼むな」とか答えたりしたんだわ。
 それでいまダメージ受けているってわけ。
 もう、男ってしょうもないわね。
上条澄
立ち直ったつもりでいたんだがなー
 情けない顔で金目をつつく様子が、なんだか可愛らしく思える。あたしより五つも上なのに、地位もある男なのに。
 恋愛にはこんなにウブで、失恋にこんなに弱くて。
牧原美紗
もう、しっかりしなさいよー!
 あたしはバシバシと上条の肩を叩いた。
牧原美紗
こんなときこそ飲むのよ!
上条澄
ううう
 あたしは上条にどんどんお酒を飲ませた。女のことでメソメソしている様は見たくなかったからだ。
 上条はお酒を飲み、ピンと立った寒ブリの刺身を食べ、おでんの汁を飲み干す頃にはどうにか立ち直っていた。おいしい料理を食べてて落ち込み続ける人間はいない。

 上条の顔がいい色に染まったとき、テーブルの上にあった彼の長い人指し指にちょっと触れて言った。
牧原美紗
あのさ――いいわよ
上条澄
なに?
牧原美紗
いえ、そのぅ……ほら
 あたしは――上条を慰めてやろうかと思っただけだ。そういう気分になったから。例のあの、どうでもいいかーって気分。
牧原美紗
ホテル代、また出すわよ
 この言い方でようやく上条は気づいたようだった。
上条澄
ああ
 彼はにっと子供っぽく笑った。
上条澄
君も案外スキなんだなあ

 ――――!



 なにそれ。






 な に そ れ !