TVドラマなんかではおなじみのセリフだが、現実に自分の身に起こるとぎょっとして引いてしまう。あわててバーテンダーさんが示す方角を見ると、明るい色のスーツを着た男が仏頂面で座っていた。
あたしはカウンターの端に座っていた。男は逆の端に座っている。間には二人ほど、スーツの客がいたが、カウンターは湾曲しているから男の顔はよく見えた。
あの男……
新婦の上司で挨拶をしてなかったか?
課長だか係長だか。あたしより少し年上のようだ。
男はあたしと目が合うと、仏頂面のまま黙礼してきた。あたしもぺこりと頭を下げる。
だが男はそれ以上なにを話しかけるでもなく、黙って煙草を吹かしていた。
あたしはしばらく目の前の琥珀の液体を睨んでいた。男がどうしてあたしにグラスを贈ってきたのか、その意図をはかりかねたからだ。
あたしはカウンターの端の男に言った。
男は逆に聞いてきた。
男は煙草を消すと自分の前のグラスをとった。中身はわからなかったがウイスキーかブランデーだろう。
一口飲んでからそう答えた。
確かにそうだ。答えを聞くと自分の質問が間抜けに思える。
あたしはそんな思いでうっかりグラスを手にとってしまった。口をつけてからこれがおごられたものだと思い出す。
口を離して男を見ると、男もあたしを見ていた。
いきなり「君」よばわり?
あたしは大きな声を出してしまった。あたしたちの間に座っていたスーツの二人組が席を立つ。奥のボックス席に移動したようだ。あいたた、すいません。
ドキリとした。そんなつもりはなかったのだが、第三者にばれてしまうほど見ていたのか?
はあ、と男はため息をついた。
意味がわからない。あたしは12年ものをぐいっとあけた。
男は両手をカウンターの上で組んで、額を乗せた。
どきりとした。この男はもしかしたら新婦のことが。
男は顔を上げるともう一度言った。
あわてて唇を押さえる。男はあたしの言った意味をしばらく考えているような顔をしたが、やがてゆっくりと言った。
も?!
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!