第2話

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2022/08/03 11:00
 TVドラマなんかではおなじみのセリフだが、現実に自分の身に起こるとぎょっとして引いてしまう。あわててバーテンダーさんが示す方角を見ると、明るい色のスーツを着た男が仏頂面で座っていた。
 あたしはカウンターの端に座っていた。男は逆の端に座っている。間には二人ほど、スーツの客がいたが、カウンターは湾曲しているから男の顔はよく見えた。

 あの男……
牧原美紗
(見たことがある。確か、新婦側の出席者)
 新婦の上司で挨拶をしてなかったか?
 課長だか係長だか。あたしより少し年上のようだ。
 男はあたしと目が合うと、仏頂面のまま黙礼してきた。あたしもぺこりと頭を下げる。
 だが男はそれ以上なにを話しかけるでもなく、黙って煙草を吹かしていた。

 あたしはしばらく目の前の琥珀の液体を睨んでいた。男がどうしてあたしにグラスを贈ってきたのか、その意図をはかりかねたからだ。
牧原美紗
……二次会にはいかれなかったんですか
 あたしはカウンターの端の男に言った。
――あなたは?
 男は逆に聞いてきた。
牧原美紗
…質問に質問を返すのはマナー違反じゃないかしら
そうですか
 男は煙草を消すと自分の前のグラスをとった。中身はわからなかったがウイスキーかブランデーだろう。
いかなかったからここにいるんです
 一口飲んでからそう答えた。
 確かにそうだ。答えを聞くと自分の質問が間抜けに思える。
 あたしはそんな思いでうっかりグラスを手にとってしまった。口をつけてからこれがおごられたものだと思い出す。

 口を離して男を見ると、男もあたしを見ていた。
君、
 いきなり「君」よばわり?
君は新郎のなんだ? 元カノとかか?
牧原美紗
はあ?
 あたしは大きな声を出してしまった。あたしたちの間に座っていたスーツの二人組が席を立つ。奥のボックス席に移動したようだ。あいたた、すいません。
ずっと新郎を睨んでたじゃないか
牧原美紗
なにをおっしゃっているのかわかりませんが
 ドキリとした。そんなつもりはなかったのだが、第三者にばれてしまうほど見ていたのか?
会社の友達ってのが5人きてて、女は君一人だけだった
牧原美紗
二次会には女子だってたくさんきてるわよ
だけど式に呼ばれた女子は君だけだ
牧原美紗
一緒にプロジェクトを成功させた仲なだけよ
元カノじゃないのか
牧原美紗
違うわよ
 はあ、と男はため息をついた。
元カノだったらよかったのに
牧原美紗
どういうこと
 意味がわからない。あたしは12年ものをぐいっとあけた。
元カノが乗り込んできて式がぶっこわれればよかったんだ
牧原美紗
はあ?
 男は両手をカウンターの上で組んで、額を乗せた。
ちくしょう
 どきりとした。この男はもしかしたら新婦のことが。
 男は顔を上げるともう一度言った。
ほんとに元カノじゃないのか
牧原美紗
告ってもいないわよ!
 あわてて唇を押さえる。男はあたしの言った意味をしばらく考えているような顔をしたが、やがてゆっくりと言った。
君も失恋組か
 も?!

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