目が熱くなってくる。なんでこんなことで泣けてくるのよ。
背後から上条の声がした。でも振り向くわけにはいかない。振り向いたらすごく理不尽に上条をののしってしまいそうだ。
だめだ、捕まった。肩を掴まれ、動きを止められる。
上条の安心したような声。
振り向いたあたしはいきなりののしっていた。
バカはあたしだ、こんなこと、言うつもりなかったのに。
涙はなんとか堪えられたが、かわりに言葉がほとばしってしまった。
上条はいきなりバカ呼ばわりされてびっくりしているようだった。だが、ふっと穏やかな笑みを見せると、
そう言った。
笑顔で話す。いい上司としての立場を崩さない。彼女からずっと尊敬と信頼を得るために。
そう、それは今日あたしも早瀬に……。
「信頼」を裏切りたいものがいるだろうか?
あたしはうつむいた。
上条の手がまだあたしの肩にある。コート越しに大きな手の暖かさが伝わってくる。
今ここであなたが好きだと言ったらどうなるかしら、とあたしは考えた。
でもそんなことできない。
考えてもみてよ、まだ会ってたったの1週間、しかもお互い好きな相手が別にいるのに、出会ってその日のうちにベッドインしている。それでこんどはあなたが好きになりました、なんて、お手軽どころか尻軽だわ。
でも。
言わずに消えた恋。受け止めてもらえなかった心。出口のない愛。
また繰り返すの? そうしてニコニコと愛想のいい飲みトモダチ仮面をかぶってマスカレード?
笑顔で話せれば、本当にそれだけでいいのかしら。
不意に上条が不満そうに言った。
上条には記憶がないんだ、この酔っ払い。いや、あったとしても自分の一言なんて覚えてないのかもしれない。
あたしの脳裏にひらめいたものがあった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!