第10話

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2022/09/28 11:00
牧原美紗
やだ、もう!
 目が熱くなってくる。なんでこんなことで泣けてくるのよ。
上条澄
牧原さん
 背後から上条の声がした。でも振り向くわけにはいかない。振り向いたらすごく理不尽に上条をののしってしまいそうだ。
上条澄
牧原さん!
 だめだ、捕まった。肩を掴まれ、動きを止められる。
上条澄
来てくれたんだ
 上条の安心したような声。
牧原美紗
バカじゃないの
 振り向いたあたしはいきなりののしっていた。
牧原美紗
相手は結婚してんのよ、なのに嬉しそうに話しちゃって
 バカはあたしだ、こんなこと、言うつもりなかったのに。
 涙はなんとか堪えられたが、かわりに言葉がほとばしってしまった。
上条澄
………
 上条はいきなりバカ呼ばわりされてびっくりしているようだった。だが、ふっと穏やかな笑みを見せると、
上条澄
君のおかげだ
 そう言った。
上条澄
君のおかげで彼女とも笑顔で話すことができたんだ
 笑顔で話す。いい上司としての立場を崩さない。彼女からずっと尊敬と信頼を得るために。
 そう、それは今日あたしも早瀬に……。
 「信頼」を裏切りたいものがいるだろうか?
牧原美紗
それは―――
 あたしはうつむいた。
牧原美紗
あたしの台詞だわ。あたしもあなたのおかげで今日笑顔で過ごせたもの
 上条の手がまだあたしの肩にある。コート越しに大きな手の暖かさが伝わってくる。
 今ここであなたが好きだと言ったらどうなるかしら、とあたしは考えた。

 でもそんなことできない。
 考えてもみてよ、まだ会ってたったの1週間、しかもお互い好きな相手が別にいるのに、出会ってその日のうちにベッドインしている。それでこんどはあなたが好きになりました、なんて、お手軽どころか尻軽だわ。

 でも。
 言わずに消えた恋。受け止めてもらえなかった心。出口のない愛。
 また繰り返すの? そうしてニコニコと愛想のいい飲みトモダチ仮面マスクをかぶってマスカレード?
 笑顔で話せれば、本当にそれだけでいいのかしら。
上条澄
だけど
 不意に上条が不満そうに言った。
上条澄
昨日のことだけは納得いかない。一体俺はなんて言って君を怒らせたんだ、君はなんで怒ってるんだ
 上条には記憶がないんだ、この酔っ払い。いや、あったとしても自分の一言なんて覚えてないのかもしれない。
 あたしの脳裏にひらめいたものがあった。
牧原美紗
………知りたい?
上条澄
ああ
牧原美紗
わかったわ、でも条件があるの
上条澄
なんだ? 条件って
牧原美紗
あたしと飲み比べて勝ったら教えてあげる!

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