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第1話

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2022/07/27 11:00
 どうしてこんなことになってるのかな……
 男の熱い腕に抱かれながらあたしはぼんやりと思っていた。
 初めて会った男とこんなことするなんて。
 でも仕方ない、酔ってたんだし、夜は遅かったし。
 なによりあたしも相手も失恋したもの同士だった。
牧原美紗
グレンフィデックを、ロックで
 バーテンダーさんにお願いすると背の低い角ばったグラスに、カラリと透明な音が響いた。きれいに丸く削られた氷にまとわりつくように琥珀の液体。
 鼻先にもっていくとふわりと甘く香る。
 洋酒は飲み慣れないが、他には甘いカクテルしかなかった。あたしは舌先でなめるように味わった。

 今日は土曜日で会社の後輩の結婚式だった。後輩と言っても女子じゃない、男子だ。あたしより二歳下の男の子。名前は早瀬孝之。

 入社してきたときから明るくて社交的で、気を使える性格で素直で……仕事はようやくできるようになってきたけど、最初はひどいものだった。
 あたしが手取り足取り教えてどうにかこうにか一人前に育て上げた。
 「美紗先輩、美紗先輩」と慕ってくれて、一緒のチームでプロジェクトも組んだ。その作業で遅くなったときは家が正反対の方角なのに送ってくれた。
早瀬孝之
美紗先輩みたいな美人をこんな夜遅く一人で帰せませんよ
 プロジェクトが完成して成功したときには涙ぐんでいた。

 その早瀬が結婚した。たった26で人生の墓場に。相手は別の会社の女の子で、大学生の時からつきあっていたのだと言う。

 あたしはそれを知っていたから言えなかった。
 あなたが好きだと言えなかった。

 でもこんなに早く結婚するなら一言言っておけばよかったかもしれない。届けられなかった思いはあたしの胸の中で行き場をなくして渦巻いている。

 ずっとずっと好きだった気持ちは、とどめをさされたって消えやしない。
牧原美紗
おかわりを
 あたしはグラスをカウンターに置いた。
 12年もののグレンフィディックも今のあたしを酔わせてはくれない。

 結婚式のあと、新郎新婦の友人同士での二次会、簡単に言えば合コンに誘われたが、あたしは体調が悪いので、と断った。にこにこと仲良く見ず知らずの人たちと話せる自信がなかった。
 師走の夜風に吹かれて帰るには寒すぎる。ひっそりと失恋をした女は、こうしてホテルのバーで飲んでいるのがお似合いよ。

 披露宴の行われたホテルの地下にバーがあったのは幸いだ。女が一人で飲んでも様になる。バーテンダーさんは口数も少なく、黙っておいしいお酒をくれる。

 コトリ、とグラスが目の前に置かれた。
バーテンダー
これはあちらのお客様からです
牧原美紗
は?