あたしは全身の血がいっぺんに頭に上ったような気がした。顔が焼かれているみたいに熱い。
あたしがなんですって?!
あたしは――あたしはただ――!
立ち上がったあたしを見て上条は慌てて名を呼んだ。あたしは財布から1万円札を取り出すとばしっと彼の顔に叩きつけた。
あたしは店を飛び出した。ああ、この店気にいっていたのに。美味しいお酒、おいしい料理。もう二度とこられない。
後ろから上条の声がするけど、あれだけ飲んでたら走れないはずだ。でもあたしは走る。
さよなら上条。
頬が冷たいのは水が流れているからだ。それは悔し涙だった。あたしの心遣いを無にされた。
飲み仲間、失恋組。
大事な友達だと思ってたのに、いつのまにあんたの中であたしはお手軽なオンナになっちゃったのよ。
あたしは北風を抱き締めながら夜の街を走り続けた。
翌日、というか夜の間からずっと上条から電話やメールが携帯に入っていた。でもあたしはでなかった。メールも開かなかった。
あたしは自分がなんでそんなに腹を立てているのか冷静にわかっていた。
プライドを傷つけられたのだ。
お手軽なオンナと思われたのが悔しいのだ。
上条にそう思われたのが。
でもあれはただの酒に酔った男の冗談じゃないの?
心のどこかでそんな声もする。
上条は昨日までは紳士だった。話しも面白かったし、いい人間で、一緒に飲むのは楽しかった。
畑違いの職場だからこそお互いの愚痴も刺身のつまみたいに楽しめた。
そんな気持ちのいい関係を、あの一言でおじゃんにしてしまうのってもったいなくない?
心の隅の声は段々大きくなってきた。
口にまで出てしまう。
目の前に新婚の早瀬の顔がひょっこり出てくる。ああ、あんたは今日も幸せそうだね、よかったね。
う ち の、ときたか。
動作すべてに「るんたるんた♪」とアテレコしたくなるような早瀬。上条はなんと言ってた? くにゃくにゃイケメン? 将来はハゲる?
そう、こんな美人で有能な女の思いにも気づかなかった鈍チンはハゲてしまえ。
時間が経つにつれてだんだんと気持ちも落ち着いてきた。午後にはあたしは上条のメールを開けて見ていた。
上条のメールには「昨日、なにか失言したなら謝る」「理由を言ってくれ」「このままじゃ目覚めが悪い」「1万円は多すぎる」「会えないか?」「飲みに行こう」――
思いつくままどんどん打ったらしい。
最後のメールは今日の朝10時だった。会社で打ったのかしら。
昨日、久しぶりに会った恋する花嫁の姿が上条を打ちのめしたのだろう。それが心の緩みになって、心ない言葉がでたのかもしれない。上条は本当に花嫁になった彼女が好きだったのだ。
……あれ?
なんだか違う不愉快さが……
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。