結局、あたしはオトナの仮面をかぶることにした。ほら、オトナっていやなことあってもにこにこして表面上は仲良くできるじゃないの。
社会人というのは裏と表をちゃんと使えるものよ。
だから上条の暴言も1回は許してあげよう。
あたしは上条の真似をすることにした。会社の仕事を定時で切り上げ、彼の会社へ向うのだ。
初めて来た上条の会社のビルは、うちのビルよりきれいで大きかった。ロビーも広くてエレベーターも2台も多い。
受付もあったが、あたしは入口付近にあるオープンテラスのカフェで上条を待つことにした。
紙コップに唇を当てて彼を待つこと30分、ようやくエレベーターの1台から見覚えのある黒いコートが出てきた。会社の中で声をかけたらやはりまずいわよね。ここは会社をでたら……なんて考えていたが、上条は女連れだった。
あれって――花嫁じゃないの?
別にどうってことはないわ、部下と上司がそろってエレベーターから降りてきただけじゃない。楽しそうに話していてもそれは部下と上司が楽しそうに話しているだけよ。
だって花嫁は結婚してるんだし、上司は――上条は――
上条は彼女が好きなのだ。
結婚してもまだ彼にとっては彼女が特別なのだ。
あたしは紙コップを握りしめると席を立った。そのとき上条がこっちを見て、「あ」という間抜け面になった。
あたしは上条の会社を出た。
あたしはようやくわかった。昨日上条の言葉にあんなに腹が立ったわけ。
あたしは上条の「都合のいいオンナ」じゃなくて「特別なオンナ」になりたかったのだ。
上条が花嫁をまだ好きだということが許せなかったのだ。
自分だって彼が好きなくせに、上条が彼女を好きなことが許せないのだ。
そしてあんなに怒ったのに今日あっさりと彼を許した訳。
あたしは上条に会いたかったから……。
あたしは、上条が、好きなのだ。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。