第3話

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2022/08/10 11:00
 あたしたちは二軒目にいた。日本酒が飲みたいと言うと彼はちょっと驚いた顔をして、それからうれしそうに笑った。
日本酒好きな女性って珍しいな
牧原美紗
ワインも好きだけど冬は日本酒って気分なの
 しかし女性が一人で入れるような日本酒の店はあまりない。居酒屋で飲んでいれば必ず酔っぱらいが寄ってくるし、個室で店員をしょっちゅう呼ぶのも気が引ける。
牧原美紗
日本酒バーってのがあればいいのよ
表参道あたりにはありそうだがな
 そんな話をしながらくいくいとふたりで盃をあけていく。
牧原美紗
で?
 あたしは3本目の徳利をテーブルの端に並べた。
牧原美紗
あなたはなんで彼女に告白しなかったの?
上条澄
俺は33だぞ
 男――上条とおると名乗った――は上目であたしを睨んだ。
上条澄
彼女は21歳。一回り以上離れているし、彼女は俺の部下だったんだ。俺が何言ったってセクハラになっちまう。今は上司が部下を酒に誘うんだって下手すればパワハラだし
牧原美紗
女は年上の金を持ってる男が好きなものよ。言うだけ言ってみればよかったじゃないの
上条澄
俺はしかもバツイチなんだ
 上条は両手で顎を支えた。
上条澄
恋愛とか……女には慎重にもなるさ。そういう君こそ
牧原美紗
なによ
上条澄
告白すればよかったじゃないか
牧原美紗
モテないお局が若い子に見境なく手を出したって言われるわ。容赦ないのよ、給湯室のヒマ人たちは
上条澄
そんな大年増なのか
牧原美紗
失礼ね! 28歳よ!
上条澄
女の年なんてわからん
牧原美紗
そうやって女のことをよく見ないから結婚に失敗したり、失恋したりするのよ
上条澄
よく見る?
 上条は顔をあげてあたしをじっと見た。
上条澄
……よく見りゃ美人だな
牧原美紗
――それは……ありがと
上条澄
俺は? 女好みじゃないか?
 あたしは上条を見つめ返した。髪はくろぐろとたっぷりあって、眉は太くて男らしい。目はくっきりした二重でちょっとバタくさいところもある。大きな口は楽しそうなことを言い出しそうで、愛嬌があった。
牧原美紗
――イケメンじゃないけど、悪くはないわ
上条澄
だろ?
 上条はばったりとテーブルに顔を伏せた。
上条澄
だけどあいつはあのくにゃくにゃしたイケメンがいいって言うんだー!
牧原美紗
ちょっと、くにゃくにゃって彼のことなの?
上条澄
あいつは絶対将来ハゲる! 一緒にきていたオヤジがハゲだからな!
牧原美紗
ハゲないわよ!
上条澄
いや、ハゲだ、ハゲ! 今俺が呪った!
牧原美紗
ちょっとやめてよ、呪わないでよ!! あの子だって将来太りそうよ!
上条澄
なんだとー!
 あたしたちはぎゃーぎゃー言いながら恋敵の悪口を言い合っていた。

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