バタバタと看護師と医師がやってくる。慌てた様子で話をしている。その後すぐに檜谷を動かすと、どこかに向かって運んで行った。
怖くて心配で、ただ呆然とそこに居尽くすことしかできなかった。
手術室の前の椅子に座って、もう何時間が経っただろう。未だに「手術中」のランプは消えようとしない。
そのうち、檜谷の家族もやってきた。東は家族ではないし、もう帰りなさい、と催促され、おぼつかない足取りで帰路に着いた。
そして、月曜日。
いつもは爆睡してしまう古典も、今日は珍しく意識ははっきりしている。しかしどこかその目は虚ろで、ずっと窓の外を眺めているだけだった。
まばたきもせず机に突っ伏していると、茶髪の男子生徒が声をかけてきた。
宮近 虎之助だ。東の親友で、よく一緒に話す相手。髪の色が薄いのは染めたのではなく昔やっていた水泳の影響だそうで、サッカー部に所属している今は、その赤いジャージを見事に着こなしている。
さらに、今日も見事に炸裂するエセ方言。茨城県民の誇りと言って使ってはいるが、他人からたまに「関西の人?」などと言われているらしい。本人は少し落ち込んでいたが、東は方言に疎いのでよく分からない。
そして、彼もまた、陽キャなのである。
学級委員長も務めたことがある、言わばクラスの人気者。どんなに影が薄くても嫌われていても、彼は人との間に壁を作らない。そのルックスと人柄ゆえか、去年のバレンタインデーも大量のチョコレートを見せつけられた。屈辱である。
うっかり口を滑らせてしまった。学年主任とはこの事は口外しないよう約束していたのだ。しかしどうやら宮近は気づいていないようで、
図星で一瞬たじろいでしまうが、何とか持ちこたえる。クラスメイト、しかも口が軽くネットワークが広い宮近にバレたら、あっという間に学校中の話題になってしまうだろう。
たとえ恋人だとしても、その痛々しい姿を見せるのは本人にとっても苦痛だろう。しかし、東は心配でたまらなかった。
少しは、人の気持ちを慮った方がいいのかもしれないな。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。