第10話

助言
102
2020/09/28 11:55
バタバタと看護師と医師がやってくる。慌てた様子で話をしている。その後すぐに檜谷を動かすと、どこかに向かって運んで行った。
怖くて心配で、ただ呆然とそこに居尽くすことしかできなかった。





手術室の前の椅子に座って、もう何時間が経っただろう。未だに「手術中」のランプは消えようとしない。
そのうち、檜谷の家族もやってきた。東は家族ではないし、もう帰りなさい、と催促され、おぼつかない足取りで帰路に着いた。


そして、月曜日。

いつもは爆睡してしまう古典も、今日は珍しく意識ははっきりしている。しかしどこかその目は虚ろで、ずっと窓の外を眺めているだけだった。
宮近 虎之助
宮近 虎之助
おーい直樹、休み時間っちゅうのになんやその光の無い目はぁ?
まばたきもせず机に突っ伏していると、茶髪の男子生徒が声をかけてきた。

宮近 虎之助みやちか とらのすけだ。東の親友で、よく一緒に話す相手。髪の色が薄いのは染めたのではなく昔やっていた水泳の影響だそうで、サッカー部に所属している今は、その赤いジャージを見事に着こなしている。

さらに、今日も見事に炸裂するエセ方言。茨城県民の誇りと言って使ってはいるが、他人からたまに「関西の人?」などと言われているらしい。本人は少し落ち込んでいたが、東は方言に疎いのでよく分からない。

そして、彼もまた、陽キャなのである。

学級委員長も務めたことがある、言わばクラスの人気者。どんなに影が薄くても嫌われていても、彼は人との間に壁を作らない。そのルックスと人柄ゆえか、去年のバレンタインデーも大量のチョコレートを見せつけられた。屈辱である。
宮近 虎之助
宮近 虎之助
返事くらいしろや直樹〜。どしたん?
東 直樹
東 直樹
いや…なんでもない…
宮近 虎之助
宮近 虎之助
明らかに何かある顔やなぁ。ま、無理に何があったって聞くつもりは無いけどな。
東 直樹
東 直樹
つーか周りに話しかけようとしてる女子たくさんいるじゃん…そっちと話した方が身のためだぞ?
宮近 虎之助
宮近 虎之助
あんなん後ででええやろ、後でで。そーそー、お前に話しかけたのはあれやわ、今日暇やしファミレスでも行こかなと。クーポン貰ったんや。
東 直樹
東 直樹
いや…俺は病院で手術の結果とか聞かなくちゃならないから…あ
うっかり口を滑らせてしまった。学年主任とはこの事は口外しないよう約束していたのだ。しかしどうやら宮近は気づいていないようで、
宮近 虎之助
宮近 虎之助
なんだそんな理由があるならはやく言うてくれればいがったのによ…
宮近 虎之助
宮近 虎之助
つか、誰?家族?
宮近 虎之助
宮近 虎之助
もしかして……恋人でも出来たんか〜!?
東 直樹
東 直樹
なっ!?んなわけねぇだろ!友達だよ友達!!
図星で一瞬たじろいでしまうが、何とか持ちこたえる。クラスメイト、しかも口が軽くネットワークが広い宮近にバレたら、あっという間に学校中の話題になってしまうだろう。
宮近 虎之助
宮近 虎之助
ちぇっ。つまんねーの。
東 直樹
東 直樹
いや面白がるんじゃねぇよそこ!
宮近 虎之助
宮近 虎之助
……でも手術のすぐ後に会うとか、辞めた方がええと思うけど。
東 直樹
東 直樹
…何でだ?
宮近 虎之助
宮近 虎之助
直樹さ〜、少しは人の気持ち考えようとせなあかんで?
手術後なんてまだ痛みもあるだろうし、そんな中面会なんてこられても逆にストレスにしかならんと思うけどな。俺は。
東 直樹
東 直樹
……確かに。
たとえ恋人だとしても、その痛々しい姿を見せるのは本人にとっても苦痛だろう。しかし、東は心配でたまらなかった。
少しは、人の気持ちをおもんぱかった方がいいのかもしれないな。
東 直樹
東 直樹
虎ちゃん、やっぱファミレス行くわ。
宮近 虎之助
宮近 虎之助
…ええの?それで。
東 直樹
東 直樹
…あぁ。俺も、ちょっと術後の姿見るの怖かったし。数日後行くことにするよ。

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