にこにこ笑う檜谷の言葉に東は一瞬、何を言ったのか理解できなかった。
東は知っていた。
それは中学生の頃、檜谷が好きな女子に告白することになったという話だ。
なかなか話しかけることも出来ず、靴箱に手紙を入れることになったのだが、あまりの緊張で結局何も入れずに作戦は終わった。あの時の酷く赤面した、ぐしゃぐしゃの顔を今でも覚えていた。
数分の間、お互い押し黙っていた。言いすぎたかな、と思ったその時、檜谷が口を開いた。
檜谷はベッドに腰かけながら、少し俯き気味にこう言った。
突然、檜谷がその黒く焼けた手を握る。いきなりすぎて、胸の鼓動が高まる。
俺が。お前を。
東の決意は、既に固まっていた。
檜谷が、また笑う。
つられて東も笑ってしまった。
あまりにも無意識すぎて、自分のほっぺたをつねった。案外顔に出てしまうタイプなのかもしれない。
病室を出て、エレベーターが閉まる。閉鎖空間になった瞬間、
つい嬉しくて、雄叫びを上げてしまう。
東がああ思っていたのは、本心だ。迷惑なんじゃないかとずっと思っていたが、檜谷の意志の強さから、大丈夫だと感じた。
これから、色々なことをするんだろうな、と空虚な妄想がどんどん出てくる。
色々な場所に行って、色々な試練を乗り越えて、そしてハグとかキスもして、最後には────
ちょうどニヤニヤしているところでエレベーターが開き、待っている看護師さんに変な目で見られてしまった。
でも、正直今はそんなことどうでもいい。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!