第2話

想い人と思う人
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2020/11/06 14:20
彼女、あなたに逢ってから…

俺の心がおかしい。



「兄上!お帰りなさいませ!

 今日もお疲れでしょう?
 お風呂も食事も用意できてますよ。」


「うむ!ありがとう。千寿郎。
 今日は酷く汚れた。風呂を先に済ませよう。

 お前も久々に兄と一緒に入るか?」


「はい!すぐに準備しますので
 お背中流させてください!」




日々。過酷な任務の中でも時折、千寿郎の笑顔を見ると非常に癒される。

千寿郎は、かわいい。
弟だか本当に大切な家族で…不甲斐ないほど溺愛してしまっている自覚もある。

今だってパタパタと、駆け回るその背中を抱き締めてやりたい程度に可愛い存在だ。




今までも任務が落ち着くと千寿郎や父上を思い出した。

家族が大切で恋しい、愛おしい対象は家族だった。









ーーーーザァー カコン

湯に浸かるこの瞬間も至福。
なのになぜだか、頭をよぎってしまう。


『明日からもお勤め頑張ってくださいね』





「兄上、やはり、お疲れですか?
 お食事は無理されず休まれますか?」


心配そうな弟がまた可愛い。
思わず笑みがこぼれて千寿郎の頭を撫でた。


「いや、食事は食べる。
 最近な、不意に考え込んでしまう時があるだけだ。」

「…!何か…お辛いことでもありましたか?」


「なに、お前に心配かける程でもない。
 ふと、気になる女性が居てな。
 時折彼女がどうしているか考えてしまうのだ。」

「んーー、それは、、
 兄上に想い人ができたと言うことですか?」


弟の目が異様にキラキラと光る気がする。



「いや、俺自身そんな気はないのだが…
 彼女が元気ならそれで良い。それだけだ。」



千寿郎はその後も彼女について色々と聞いてきたが、俺自身も彼女を…あなたを知らない。

千寿郎の中では、すっかり。
兄が恋に迷っていると浮かれてしまっているが…。

きっとそんなものではないだろう。



ただ、こんなに嬉々とする弟を見ると
やはり母や姉のような支えとなる存在もまだまだ必要なのかもしれん。


俺は柱になることばかり目標とし、
鍛練に励み、今も弱き人々のために鬼を切る。

千寿郎にしてやれることは本当に少ないな。






千寿郎に話せば少しは落ち着いたが
その夜、話に出したからか…

夢にまであなたが出てきてしまった。



夢の中のあなたは、家庭的で優しく。
とにかく笑顔が可愛らしかった。


寝起きに思い返して誰も居ない部屋で1人赤面する。




ーーーースゥッ

襖が開き千寿郎が朝餉に呼びに来たが


「あ!兄上!おはょぅ…
「いかん!!気がたるんでいる証拠だ!!」

「あ!え!?
 も、申し訳ありませんっっ!!」

「いや、千寿郎ではない!
 驚かせてすまない。
 兄は水を浴びてから向かうから先に父上を呼んできてくれ。」

「……?わかりました。
 冷えぬようしっかり水気をとっていらしてくださいね。」

「うむ!」



赤面…していたのが見えてしまっただろうか?
実に不甲斐ない。

女性を夢に見るなど末期的だ。




そもそも、可愛いと感じるのは千寿郎も同じ。
何故、こんなにも彼女について思うのか。




なんともヤキモキしながら家を出た。







今日は交代で市内の見回りと情報収集のみ。

平常心を取り戻せ杏寿郎!




ふと、街に目を配ると
大きな広告が何枚も目に入ってくる。


「よもや!」



最近押し出されているらしい
『ファッションブランド』として、あなたの会社の広告が至るところに掲示されている。


ポスターには、あなたが様々が洋装で全身を映している。




あなたがこんなにも人目に知れているとは…

あなたが着ているワンピースと同じ服を着てポスターに並んで見せている女子も少なくなかった。


かなりの知名度なのだろう。

流行りに疎く把握していなかったとは言え、先日の1件では失礼な態度だったかもしれないと…唐突な後悔が押し寄せてきた。




『大抵は会社におりますので』


彼女の言葉が甦る。




『煉獄さまがよろしければ』


ーーあぁ、だめだ。




「よし!あいさつに行こう!」





1人心を硬く決めて
お茶菓子を買いにいく杏寿郎だった。

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