あなたside
『あぁ〜、もぅっ......』
目の前にあるデスクの明かりだけが広がる中、
自分の現状に声を上げる
「すみません、そろそろ時間なんで」
そう言われて時計を見ると日が変わったことを示しとって
『すみません、今すぐ出ます』
資料やデータを鞄に詰めると、急ぎ早に会社を出て
高層ビルが並ぶ街をゆっくりと歩く
見上げると、真っ黒な雲が空を覆い
月明かりでさえも見えなくて目をそらすと、
それと同時に見えた高く伸びるビルに
全てを押しつぶされそうな感覚になった。
普段ならそこまで気にならないことも
今は全部が引っかかって、
少し痛む靴擦れも、終電を逃したことも
起きること全てが悪いことに思えて、
何とか持ちこたえるためにただ上を向いて歩いた
あと少しで家に着く、そう思った時
ぽつり、と冷たいものが当たった
その間隔は段々と短くなり
一気に降りかかる冷えた雨、
なんで今.....
そんな言葉は、
誰にも届くことなく雨の中へと消えていった
ポケットの中で震えた携帯を取り出すと
〈今どこに居るん?〉23:03
〈今日は遅なるん?〉23:36
〈雨降りそうやけど傘持っとる?〉23:54
〈雨大丈夫?今からそっち迎えに行こか?〉0:09
〈TEL〉0:15
〈TEL〉0:24
彼からの大量の通知が
普段なら心が軽くなるはずなのに、
今は返す気になれなくて、もう一度ポケットの中に戻した
マンションのエントランスを抜けて
エレベーターを通り過ぎると
普段は使わない階段が顔を出した
重たい足を動かしながら階段を上ると
コツン、コツン、とヒールの音だけが響そく
何故かその足音でさえも孤独を感じさせて
少しずつ、1歩を踏み出すまでの時間が伸びる
玄関の前に立って、鍵を出そうと鞄に手を伸ばすと
取り出すより先にドアが開いた。
「○○!
何しとったん!ビショビショやんかはよ入り
ほら、とりあえずタオルで足拭いて
お風呂沸いとるから入っといで」
そう言って部屋から出てきた彼は
突っ立ったままの私を、脱衣場へと押し込むと
さっきまで持っていた荷物は、いつの間にか彼の手の中へ
「あ、ちょっと待っとり」
そう言い残すとリビングの方に走って行った
あった、と声が聞こえると、すぐに姿が見えて
ほれ、そっちの足出して
そう言って、私の右足を指す
『濡れとるし、汚いから』
彼にその言葉は通用しなくて
「ええからはよこっち貸し、痛いやろ」
と、手が差し出される
「よしっ、とりあえずこれでええわ」
そう言って私の顔を見上げると
「防水用のにしといたから多分シミやんと思うけど、
お風呂上がったら取り替えよな、
ちゃんと肩まで浸かって温ったまるんやで」
そう言ってそそくさと脱衣場から出て行った
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。