第15話

偽物の可能性
90
2021/05/29 12:02
エマ達が鬼の集落へ来てから一ヶ月。

ちょうどあと一週間したら、ハウスへ帰る。

通信は毎週できるが、やっぱり寂しい。

鬼の家族との別れと、自分達の家族との再会でエマ達は複雑な気分になっていた。

土で作られた食器を置いて、エマが少し膨れた腹を擦る。
エマ
エマ
ふ〜!美味しかった〜、ご馳走様でした!
ノーマン
ノーマン
鬼の料理もなかなかいけるね。人間の昔の食事と変わりない。まぁ昆虫食もあるけど…。
レイ
レイ
な、美味え。ナットあたり、この味に満足しそうじゃね?
レイ
レイ
…そろそろ奴らについて考えねーとな。
ノーマン
ノーマン
そうだね…。
エマ
エマ
どうやって、みんなを守るか…。
レイ
レイ
…報告を中止して、一旦ハウスに戻るか?
エマ
エマ
まぁ、一番いいのはそれだよね。
ちょうどハウスに帰るのも、残り一週間だし1回くらい縮めて帰ってもいいよね。
ノーマン
ノーマン
農園の鬼達をどうこうしたその後にでも、ここにすぐ戻ってこれるしね。
レイ
レイ
ていうか1番問題なのはノーマン、お前だ。
エマ
エマ
ノーマン
ノーマン
僕…?どういうこと、レイ。
レイ
レイ
ショージキ言っちまうとお前は力がない、弱え。GF占拠したときも、お前銃持ちづらそうだった。
つまりお前は、頭脳しか頼りにならん。
ノーマン
ノーマン
ぐっ……。
エマ
エマ
(相変わらずきっぱり言うなぁ…。)
レイ
レイ
だから、お前にママ達やみんなの陣の配置、どう迎え討つかの策を練ってもらう方がいい。
レイ
レイ
その方が、また自分犠牲にして死のうとすることも無いだろうからな。
エマ
エマ
うん、賛成!ノーマンあんまり信用ならないもん。
エマ
エマ
ノーマン頭すっごくいいし、…そうだね。…私達の配置とか、鬼達がどう攻めてくるか考えてもらうほうが私達にとってもノーマンにとっても1番安全だね!
レイ
レイ
そういうことだ。
ノーマン
ノーマン
……分かった。
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かつてのGF最高級農園総帥の鬼が、自分達を縛っていた見張りの顔を貪りながら前に進む。

周りには野良鬼の肉を引きずりながら喰らう、追手のための鬼。

前には追手が片付けた王都兵が転がっていた。

ヴィヴァルがそれを避けながら、右手に持つ王都兵に話しかける。
ヴィヴァル
ヴィヴァル
ふっ、王都もなかなか落ちぶれたものだ。王都が作った農園(システム)に食い潰されるとは…。
追手鬼
追手鬼
見張り全て制圧しました。
追手鬼
追手鬼
この先、野良の気配もありません。順調にGFへ進めます。
ヴィヴァル
ヴィヴァル
ご苦労。
追手鬼
追手鬼
他の35匹も、いずれ合流すると報告がありました。このペースで行けば、あと5日ほどでGFへ辿り着けます。
ヴィヴァル
ヴィヴァル
いや、集落へ5匹向かわせろ。
63194、22194、81194がそこにいる。引きずってでも農園に戻し、出荷するのだ。
追手鬼
追手鬼
御意。
ヴィヴァル
ヴィヴァル
…アレはどうなった。
追手鬼
追手鬼
既にGFに潜入できたとの報告がありました。
補佐5匹に『化けた』ようです。
ヴィヴァル
ヴィヴァル
イザベラに化けさせるか。うまくいけば、食用児共すべてを動かせるかもしれん。
追手鬼
追手鬼
今すぐにもう何匹か、GFの飼育監と補佐役(スパイ)に手配させましょうか。
ヴィヴァル
ヴィヴァル
よい、私に送らせろ。奴らはわざわざ体をすべて喰わぬでも、姿をその身に取り込める。
飼育監になるうえで、血液を採取させる決まりがあることを忘れたのか。
追手鬼
追手鬼
ヴィヴァル様、まさか…!
ヴィヴァル
ヴィヴァル
いくらグランマといえど、所詮は一匹の人間。奴ら(スパイ)に拘束させておけば、すぐにでも成り代わり、食用児共を操ることができる。
22194、ノーマンも素晴らしい武器を手に入れたものだ。
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ジェミマ
ジェミマ
カメレオン型の鬼…?
ソンジュ
ソンジュ
そうだ。裏市場から、カメレオン型が不正に抜かれている。俺が裏市場の商人に問い詰めたところ、…ヴィヴァルが取り寄せたらしい。
イザベラ
イザベラ
ヴィヴァル…!?
ドン
ドン
誰なんだ、それ?
イザベラ
イザベラ
GF農園を取り仕切っていた鬼の名前よ。
シスロ
シスロ
俺達を奪還する気満々だな…。
ソンジュ
ソンジュ
で、一度ハウスを一回りしてみたら、イザベラ、お前の部屋に小さな穴が開いていた。
邪血は例外として、鬼はなんにでも変化する。
ソンジュ
ソンジュ
おそらく、ネズミ型に穴を開けさせ、カメレオン型にお前に化けさせる気だったんだろう。
イザベラ
イザベラ
私に…?
ソンジュ
ソンジュ
グランマの権限を持つお前に化けりゃ、子供や飼育監、補佐達を操れるからな。
喰った者の知恵も取り込めると聞いた、カメレオン型はかなり厄介な代物だよ。
ギルダ
ギルダ
嘘…!そんな、それじゃいつ入れ替わられても分からない…!?
レウウィス大公
レウウィス大公
失礼だが、イザベラ、君の部屋に入らせてもらった。
そして二匹ほどだが、カメレオン型を捕まえたよ。ほら、これだ。
トーマ
トーマ
目が縦に二つ…、んで青い…。
あ!侵入してたら、こんな色だからすぐ気づくだろ!
レウウィスが言いたいのはそういうことだろ?
レウウィス大公
レウウィス大公
いや、それもあるがね。
考えてみたまえ。三日前まで雨が降っていただろう。
ナット
ナット
あ、あぁ…。雷も鳴るほどの。キャロルたちが夜中ずっと泣いてて大変だったよ。
レウウィス大公
レウウィス大公
この鬼の足跡を、このハウスの各プラントのいたるところで見つけた。
泥が乾いていた。つまり、この鬼が侵入したのは三日前。
レウウィス大公
レウウィス大公
にもかかわらず、こいつらはイザベラを狙っていない。
寝ている間など、襲う暇はたくさんあった。襲わなかったのは、なぜだろうねぇ?
オリバー
オリバー
………?
レウウィス大公
レウウィス大公
既に獲物をしとめていたとしたら?例えばグランマでなくとも、子供たちを動かせる者達…。
ドン
ドン
!!! 飼育監と補佐達!
レウウィス大公
レウウィス大公
その通り。各プラントに送り込み飼育監と補佐を喰い、子供たちを支配する。
それがヴィヴァルの狙いだ。
その気になれば、変化した姿で数匹合わされば、イザベラを拘束はできるだろうからねぇ。
レウウィス大公
レウウィス大公
かといって、今からその偽物を見つけ出すにしても見分けがつかない。
どうこうしている間に敵に攻められ、君たちは殺されてしまう。
レウウィス大公
レウウィス大公
だから私が考えるのは、その偽物も戦力としておくことだ。
バーバラ
バーバラ
いや待てよ。戦力ったって、その偽物シスターってのが子供達、特に年少者に張り付いていたらどうすんだよ?
バーバラ
バーバラ
子供達を一箇所に集めて、殺すことくらいできるだろ!
現に、こんなヒョロいイザベラもエマの足を折れたぐらいなんだからよ。
ザック
ザック
そうだな。イザベラ、他のプラントからの定時連絡で、飼育監たちの変わった言動とかは見られたか?
ザック
ザック
いつもと違う言葉の表現の仕方とか…。
イザベラ
イザベラ
いいえ、どのプラントも変わりなしよ。
もしかすると、偽物が本物のシスターたちにさせているということもあるかもしれないわね。
ザック
ザック
ん?定時連絡は飼育監のみが行うものじゃないのか?
イザベラ
イザベラ
いいえ、もし飼育監がなんらかの病を患った時のために、一時的に補佐に任せることができるわ。
…考えてみれば、偽物が病を装って、本物の子達にさせているとも考えられる。
レウウィス大公
レウウィス大公
まぁ、可能性は無数にある。ひとつひとつ当たってみてもキリがない。
ソンジュ
ソンジュ
そういうことだ。おそらく、偽物が本格的に動き始めるのはヴィヴァルがこのハウスに来た時。
指示もなしに勝手に動いては、ヴィヴァルの計画が進まなくなる。
ヴィヴァルにとって、一番動きやすいのはその時ってことだ。
ドン
ドン
(そっか。偽物が勝手にみんなを殺し始めてもすぐに俺たちは警戒する。つまりヴィヴァルにとって俺達を襲うためのいい体制が取れなくなる。)
ギルダ
ギルダ
(計画を突然始めることで、私たちは混乱してうまく動けなくなって、逃げる道を狭くさせられる。)
ナット
ナット
(ヴィヴァルや偽物たちが一気に動きやすくなる状況を作るため、今は何もしないってことか…。)
ザック
ザック
…敵が来るまで、打つ手はないってことかよ。
ヴァイオレット
ヴァイオレット
エマ達が戻ってくれれば、なんかいい案が浮かぶと思うんだけど…。
でもなぁ…、エマ達が今どういう状況かわかんないしな…。
ナイジェル
ナイジェル
いつ、どこでどうやって襲われるのか分からない今、エマ達の帰りを待つしかないのかな…。
アダム
アダム
むぅぅ………。
ソンジュ
ソンジュ
不安なら、俺が王都から兵隊たちを連れてくるが…?
ソンジュ
ソンジュ
追手の鬼には敵わないだろうが、わずかの間の時間稼ぎにはなるだろ。
アイシェ
アイシェ
でも、それで突破されてアタシらが捕まってしまったら、その兵たちの命が無駄になってしまう。
アタシは、それだけは避けたい。アタシは鬼が好きだから…。
ヴィンセント
ヴィンセント
今は好き嫌いは関係ない。家族をいかに守るかの問題だ、少しの犠牲は認めなければ…。
ドン
ドン
待てよヴィンセント!そんな、犠牲が当たり前みたいな言い方ないだろ…!
ヴィンセント
ヴィンセント
ほう、ではドン。君は犠牲ゼロで家族を守れる完璧な策があるとでもいうのか?
ドン
ドン
な、無いけどさ…。あまりにもそれは!
オリバー
オリバー
よせドン!ヴィンセントもやめるんだ、今は喧嘩している場合じゃないだろう?
ドン
ドン
オリバー…。けどさ!エマ達がいない今、俺達にはどうすることもできない!
だけど犠牲を伴ってまで、俺たちに生きる資格なんてあるのかよ!
オリバー
オリバー
気持ちはわかるが、…ヴィンセントもただ混乱しているだけだ。
だって、あまりにも事が急展開すぎるだろ?ついていけないのは当然だ。
ケンカは今するべきことじゃない、まずは落ち着こう。
オリバー
オリバー
エマ達が帰ってくるのを待って、万全な状態で家族を守る!
そうしなければ人間だけじゃなく、鬼も危ないんだぞ!
ドン
ドン
もし襲われるのが明日とかだったら!?エマ達が戻ってくる前に、俺たちが襲われるかも…!
ていうかなんだよ、…エマ達がどういう状況なのかもわからないのに落ち着けって?
追手に捕まって、帰ってこれない状況にいたら?大怪我とかして、動けなかったら!?
ギルダ
ギルダ
ちょ、ちょっとドン…!
ドン
ドン
エマ達がいなくても俺達が自分で何とかしなきゃ、みんなが…、みんなが死んじまうんだぞ!!!
ナット
ナット
落ち着けよ、おいドン!!!
ドン
ドン
うるせえぇぇええ!
ギルダ
ギルダ
ッッ……!
ナット
ナット
っ……‼?
ドン
ドン
どうすりゃいいのか、わかんねぇよ……!
フィル
フィル
(エマ、ノーマン、レイ…。三人共がいないから、みんな混乱して怖がってるよ…。)
フィル
フィル
(僕もすごく怖い…。早く帰ってきて、エマ……!)
そういう想いが、フィルの中をこだましていた。

ドンは床に座り込み、殺されたくない一心で額から汗を流し震えていた。

この日から、GFハウスの子供達はバラバラになっていった。

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