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「また会える?」
「また会えるよ、必ず。」
「…」
「ねぇ」
「目、閉じて」
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見えるのは知らない人。聞こえるのは太鼓とざわめき。
夏祭り。爺もいないで1人で外出するのは初めてだ。
赤の他人に話しかけられるのも、もちろん初めて。訳も分からないままついていく。
人混みをぬけて茂みの中に来た。本当にこちらに休める場所があるのだろうか…
男に突然腕を捕まれ、近くの木に打ち付けられる。
そう男は言うと、俺の服を無理矢理脱がそうとしてくる。
襲われる、と脳が判断するのに数秒かかった。
バンッと精一杯の力で男を押しのけ、揺らいだ隙に一目散に走り出した。
走り出したは良いものの、普段から家の外に出ることが出来ないから体力も乏しい。
目の前がぐわんと歪み、チカチカ光る。思わずその場に倒れ込んだ。
男が近づいてくる。
もう駄目だ───────
次の瞬間。
バタッと大きな音がして、後ろを振り返る。
そこには、先程まで追いかけてきていた男が倒れていた。
今俺の事追いかけて…え…?
状況が全く理解出来ず頭が混乱している。
俺を助けたとかいう赤髪の奴は───────木の上から俺を見下ろしていた。
しかも…耳?!しっぽ?!鈴?!顔に紙?!
空いた口を必死に動かして言葉を発する。
なんだこいつは…?!
逃げない、というより恐ろしくて"逃げられなかった"。
木の上からストッと地面に降りてきたそいつは顔に貼り付けていた紙をとった。
ドクン、と胸が鳴る。
左右で違う透き通った目に一瞬で心を奪われた。
そういえば、こいつ尾が九つ…
「頭が悪い」と言われたのはむかついたが、その前に何故俺が成金の生まれだと分かったんだ…?
もはや驚きすぎて声も出ない。
ただただポカ-ンと口を開けて、にやにやと気持ちの悪い笑みでこちらを見下ろす赤髪を見つめるばかりだった。
スッと手が差し出される。
こいつ意外と馬鹿かもな…笑
莉犬はうんうんと何回か咳払いをした。
雲?!
狐…想像がつかないな…
雲は森の中にス-ッと入っていって切り株の側で止まった。
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あれからは木の実をとって食べたり森の上からの景色を眺めたり川で水遊びをしたり、やること全てが生まれて初めてだった。
あっという間に、もう夕暮れだ。
ついていった先は森をぬけて村が一望出来る場所。
莉犬の指さした所には真っ赤に輝いた夕日がゆっくりと沈んでいた。
夕日に照らされた莉犬の瞳はもっと透き通って、静かに景色を見つめる横顔の方が夕焼けより綺麗だと思った。
シャラン、と莉犬の着物についた鈴が鳴る。
あそこのお稲荷さんの像が1つしかないのってそういう意味だったんだ…
莉犬は、やっぱり寂しそうな顔をしていた。
けど俺にはどうすることも出来ない。
…帰りたくない。
涙が頬を伝う。
コツン、と額同士がぶつかった。
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【夏祭り会場】
いつの間にはぐれたんだろう…
見渡しても知らない人ばかりで、爺を探せないほど人が混みあっている。
ドンッ
目の前に手が差し出される。
膝に血が滲んでいた。ズキズキと傷んで立っているのも一苦労だ。
相手はビリッと自分の着物の裾を破り、手際よく俺の膝に巻き付けた。
その人はクルッと向きを変えるとあっという間に人混みの中に消えていった。
と、同時に爺と合流する。
何故だか先程助けてくれた人が気になる。だが、顔が思い出せない。いや、見えなかったのか?
紙のような物が貼ってあった気も…
モヤモヤとしながら爺と一緒に神社の入口まで戻る。
どうにもそのお稲荷さんから目が離せなくて自分の記憶を辿ろうとするのだが、思い出そうとするとズキズキと頭が痛む。
そういえば、夏祭りなのになぜあの人は浴衣じゃなくて着物を着ていたんだろう。
いくつもの疑問を考えていると、何故か何度も狐を思い浮かべてしまう。
だんだんと考えているのも頭が痛くなってきたので、途中で考えるのはやめにしようと思った。
結局家かあと考える俺の後ろで、シャランと鈴が鳴った気がした。
〜Fin〜
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。