さとみside
聞きなれない言葉だった。しかし、容易く想像がつく。
頭が理解に追いつかず、引きつった笑みを浮かべてしまう。
ころんは静かに服を脱ぎ始めた。そしてその背中には────
50cmほどの白銀の羽が生えていた。
顔を真っ赤にして必死に笑うころん。
俺はその美しさに目を奪われていた。
その羽は雪よりも白く、透き通るようできっと誰しもが1度見たら息を飲むだろう。
ころんが心配にならないようにわざと大袈裟に笑ってみせる。
ころんの頭をなでてやるとえへへ、と安心しきった笑顔を見せた。
ころんには今、俺しか頼れる人がいないんだ。
絶対治してやる。
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ころんが身を乗り出してきた。
さっきより元気で活力がでてきた気がする。
やばい…またころんが泣き出して…
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ギイ…バタン
ころんから天使病を告白されてから2週間。
俺ところんは出来ることは全てやった。
カロリーや栄養価が高いものを沢山食べ、間食を一日に何度もした。
あまりいい方法とは言えないが、ころんは通常の天使病の進行スピードより明らかに遅れていたのだ。
医者だって「2週間も経てば大体は亡くなっている」って言ってたし。
今日はころんの手術の日だ。
羽を取り除く手術が出来るようになったのだ。
「さとみくんをびっくりさせたいから!」と1人で行って帰ってくる宣言をされ、ころんを信じて一人で行かせた。
けどやっぱり心配だなあ…
ソファーに倒れ込んだ俺は死んだように眠った。
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ピリリリリピリリリリリ
ピッ
ピッ
ツ-ツ-ツ-…
考えるより先に体が動いていた。
気づくと体は外へ飛び出し、俺はがむしゃらに走っていた。
頭は空っぽ。ただころんの元へ。
【病院】
自動ドアをすり抜けるように入り、受付に飛び込む。
受付の方へお礼を叫びながらエレベーターに飛び乗り『4』のボタンを連打する。
頼む…早く…!!!
ピ-ンと虚しい音がなったと思うと目の前のドアがゆっくり開き始めた。
隙間から体をすりぬかせると。
薄暗い廊下の一番奥に「手術中」という文字が赤く浮かんでいた。
息を整えつつ近くのベンチに座る。
ただただ時間がすぎていくのを見守った。
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どれくらい時間が経っただろう。
ただひたすらにころんの安全を願う俺の前に医者が立った。
植物人間…
その言葉が俺の頭をぐるぐる回っていた。正直実感がわかなかった。
資料と一緒にICUに入るためのカードとマスクも渡された。
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【ICU】
ピピッ
マスクをつけ、カードをドアの横にかざして中に入る。
ころんのベッドは奥か。
…
ピッピッピッピッ
そっところんの手を握る。
どんどん涙声が交じっていく。
目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
ヒックヒックと肩を震わせて泣いていると、看護師が1人近づいてきた。
目は真っ赤に充血し、俺はフラッと力なく立ち上がりそのままICUを出ていった。
意識が朦朧としたまま家路に着き、帰宅すると突然睡魔に襲われた俺はベッドにそのまま倒れ込んだ。
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〇月✕日△曜日
ころんが寝たきりになってから半年。
季節は春になり、早いところでは桜が顔をのぞかせ始めている。
最近の俺はというと、定期的にころんの家を掃除しに来たりしている。今はちょうどころんの家にいた。
ころんの祖母が毎年送ってくれる苺が届いていた。
そういや、いつもこのくらいの時期になるところんが「おすそ分け」つってくれてたな。
病室で食おうかな。
そんなことを考えながらいつも通り支度をして病院へ向かう。
エレベーターで8階まで上がり廊下を歩きながら顔見知りになった看護師に挨拶をしたり。
そしていつものように扉に手をかけた時。
…?何かがおかしい。
機械音が聞こえないのだ。
あの、無機質なピッピッピッと言う音が。
コードが取れたのか…?それならすぐに差し込んでやらないと。
ガラガラッと扉を開けベッドに目をやると──
ビュオッと窓から風が吹き、桜の花びらと一緒に視界に薄い水色の髪の毛が映りこんだ。
ドサッ
久方ぶりに聞くその声。
久方ぶりに開かれた透き通るような青い瞳。
久方ぶりに動くその唇。
痩せ細って華奢になってしまった肩を覆い被さるように抱くと、背中に手を回される感覚があった。
ころんに頭をよしよしと撫でられる。
その手は小さくて、けどすごく安心できて。
ベッドの横のかばんからタオルを取り出し、渡される。
先生がこれまで見た事がないくらいの笑顔で病室へ入ってきた。
────────────────
涙を流したように見えたころんはゴシゴシと目元を擦った。
君の髪色によく似た空は、あの透き通った羽と一緒に僕らの涙も吸い込んでいったようだった。
〜Fin〜
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!