第24話

宝物
3,603
2021/04/19 04:00
落ちる。

こういう時、見える全てがスローモーションになるって本当なんだ。

妙に冷静な自分がいる。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
──っ!!
体全体に、叩きつけられる衝撃があるのを想像して、目をかたく閉じた。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
……?
だけど、その瞬間はいつまで経っても訪れず、不思議に思ってまぶたを開いた。
石山
石山
危ねーな、なに降ってきてんだよ
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
いっ、石山くん!?
たまたまいたのだろうか。

石山くんが、階段の下で私の肩を支えてくれていた。
はつみ
はつみ
まりちゃーん! 大丈夫!?
青い顔をしたはつみちゃんが、階段を駆け下りてくる。
はつみ
はつみ
もー、びっくりしたー!
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
わ、わたしも……
涙目になっているはつみちゃんが、正面から抱きついてくる。

冷静になって思い返して、今さら心臓がバクバクと騒ぎ出す。
石山
石山
気をつけろよ
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
うん、あ、ありがとう……
それだけ告げると、石山くんは私たちに背中を見せて、先に化学室へ向かった。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
ない! ない……っ! なんで!?
放課後になり、かばんの中身を机にひっくり返して、私はひとりで焦っていた。
ずっと制服に入れて、肌身離さず持っていたはずなのに。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
(どこで失くしたの?)
思い当たるのは、移動教室の時の階段。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
(あの時……?)
居ても立ってもいられず、思うままに教室を飛び出す。
四階に行く時に使った階段は、ここのはずなのに。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
ない、全然ない……
床に膝をつきながら呟いて、視界がにじんできた。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
どうして? 誰かに拾われた?
袖口で、まぶたをこする。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
ずっと大事にしてたのに……
石山
石山
お前が探してんのって、これ?
後ろから声をかけられ、床に座ったまま振り向く。

石山くんが、指でつまんでいるものは……
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
私のヘアピン……!
ジャスミンの白い花がついた、福原くんからのプレゼント。
石山
石山
お前が階段から落ちた時、拾った
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
ありがとう……! ずっと探してたの
飛びつくように受け取ろうとすると、ひょいっと高く上げられて、空振りする。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
……え?
石山
石山
これ、あいつから貰ったやつ?
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
そ、そんなの関係な……
石山
石山
ある。お前のこと、好きだって言っただろ
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
っ!!
石山
石山
これ、あいつから?
念を押すように、石山くんは同じ質問を繰り返す。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
そう……だよ
石山
石山
ふーん
石山
石山
もう諦めるって言ってたよな。なんで、そんな奴に貰ったもん、まだ大事にしてるわけ?
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
それは……
答えに詰まっていると、石山くんは階段を下りて、廊下の窓のある方へ歩いていった。
そして、窓を開けて──
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
っやめて!
石山
石山
こんなもの、いつまでも未練たらしく持ってるから、だめなんだろ。俺が、消してやるって言ってんだよ
石山くんの手は、窓の外へと伸びている。

指先でつまんだだけのヘアピンが、風に吹かれて今にも飛んでいってしまいそう。
それをの当たりにするだけで、顔がサーッと青ざめる。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
お願い、やめて。大事なものなの……!
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
石山くんの言う通り、未練しかないよ。本当は諦められないし、諦めたくないの。だから
息が切れる。

胸が苦しい。

まばたきをするたびに、福原くんの笑顔が映る。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
お願い! それは、好きな人に貰ったものなの!
目を閉じて叫ぶ。

ヒヤッと冷たい感触が手のひらに落ちて、反射的にまぶたを開いた。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
ヘアピン……
石山
石山
めんどくせぇ女だな。ここまでしないと、本音も言えないのかよ
石山
石山
俺じゃなく、本人に言ってくれば?
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
! あ、ありがとう……!
次は、絶対になくさないように、痛いくらいに手の中に握りしめる。
石山くんに頭を下げて、廊下を急いだ。
石山
石山
はあ……
私の背中を見送りながら、ため息をついていたなんて知らずに。

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