落ちる。
こういう時、見える全てがスローモーションになるって本当なんだ。
妙に冷静な自分がいる。
体全体に、叩きつけられる衝撃があるのを想像して、目をかたく閉じた。
だけど、その瞬間はいつまで経っても訪れず、不思議に思ってまぶたを開いた。
たまたまいたのだろうか。
石山くんが、階段の下で私の肩を支えてくれていた。
青い顔をしたはつみちゃんが、階段を駆け下りてくる。
涙目になっているはつみちゃんが、正面から抱きついてくる。
冷静になって思い返して、今さら心臓がバクバクと騒ぎ出す。
それだけ告げると、石山くんは私たちに背中を見せて、先に化学室へ向かった。
*
放課後になり、かばんの中身を机にひっくり返して、私はひとりで焦っていた。
ずっと制服に入れて、肌身離さず持っていたはずなのに。
思い当たるのは、移動教室の時の階段。
居ても立ってもいられず、思うままに教室を飛び出す。
*
四階に行く時に使った階段は、ここのはずなのに。
床に膝をつきながら呟いて、視界がにじんできた。
袖口で、まぶたをこする。
後ろから声をかけられ、床に座ったまま振り向く。
石山くんが、指でつまんでいるものは……
ジャスミンの白い花がついた、福原くんからのプレゼント。
飛びつくように受け取ろうとすると、ひょいっと高く上げられて、空振りする。
念を押すように、石山くんは同じ質問を繰り返す。
答えに詰まっていると、石山くんは階段を下りて、廊下の窓のある方へ歩いていった。
そして、窓を開けて──
石山くんの手は、窓の外へと伸びている。
指先でつまんだだけのヘアピンが、風に吹かれて今にも飛んでいってしまいそう。
それを目の当たりにするだけで、顔がサーッと青ざめる。
息が切れる。
胸が苦しい。
まばたきをするたびに、福原くんの笑顔が映る。
目を閉じて叫ぶ。
ヒヤッと冷たい感触が手のひらに落ちて、反射的にまぶたを開いた。
次は、絶対になくさないように、痛いくらいに手の中に握りしめる。
石山くんに頭を下げて、廊下を急いだ。
私の背中を見送りながら、ため息をついていたなんて知らずに。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。