図書館に急ぐ足が、もつれそうになる。
ヘアピンを探していた時間が思いのほか長くて、外は薄暗くなっている。
信号を待つことすら、もどかしい。
髪の毛の右側には、ジャスミンのヘアピン。
頭の中には、ひとりの男の子。
*
図書館に着いて、胸に手を当てて息を整える。
返却するための本を手に、館内に足を踏み入れる。
辺りを見回しながら、ゆっくりと進んでいく。
横顔を見つけて、ハッと息を呑んだ。
初めて彼を見つけた時と同じ。
そのままの姿が、そこにあった。
無意識に呟くと、福原くんは読んでいた本から視線を外して、目を見開いた。
無言で手を引かれ、図書館の休憩スペースへと連れていかれる。
*
続きを話せなかった。
福原くんに、強く抱きしめられたから。
福原くんは私の体を離して、目を見つめる。
初めて抱きしめられたことで、ゆでダコみたいに真っ赤になっている私を。
夢を見ているのかもしれない。
彼女のふりをする前から、私に会うためにずっと図書館通いをしていたって……言っているように聞こえる。
*
足元がふわふわする。
だけどそれは、寝不足のせいじゃなくて。
図書館を出て、福原くんに手を引かれるままに外を歩く。
どれだけの距離を進んだだろう。
どんどん景色が暗くなっていって、街灯も灯り出した。
ずっと繋いでいて、追いかける背中は広くて、なんだか現実感がない。
目的地に着く頃には、空には星が出始めていた。
人通りがほとんどない、街を見下ろせる丘のような場所。
一瞬で蘇る、文章。
それは、以前交わした、福原くんとの会話。
視界いっぱいに広がるのは、夜景。
街の灯りと、夜空の星が、同時に飛び込んでくる。
本の中では、ヒロインはこう告げられる。
「ユウコ、俺にとって、君は夜景だ」って。
真剣な瞳が、夜景よりも綺麗。
明るい茶色の髪の毛が、キラキラしている。
緊張感が途切れたように、ふにゃっと笑う顔は、赤く染まっている。
ぶわっと涙があふれてきて、声が出なくなる。
でも、どんなに不格好でも、下手くそでも、これだけは伝えなくちゃ。
驚いた表情が、笑顔に変わる。
手が顔に伸びてきて、とっさに目を閉じた。
ヘアピンをさわっていた手のひらが、頬に移動する。
そして、額にやわらかいものが……
いたずらっ子みたいな顔を見て、思う。
君との恋は、紙の上の文章よりも予想がつかなくて、
ずっとずっとドキドキする物語が待っている。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!