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第25話

恋する図書館
4,546
2021/04/26 04:00
図書館に急ぐ足が、もつれそうになる。

ヘアピンを探していた時間が思いのほか長くて、外は薄暗くなっている。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
はあっ、はあっ
信号を待つことすら、もどかしい。
髪の毛の右側には、ジャスミンのヘアピン。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
(福原くん)
頭の中には、ひとりの男の子。
図書館に着いて、胸に手を当てて息を整える。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
(ここに急いだって、福原くんが居るとは限らないけど)
返却するための本を手に、館内に足を踏み入れる。
辺りを見回しながら、ゆっくりと進んでいく。
横顔を見つけて、ハッと息をんだ。
初めて彼を見つけた時と同じ。

そのままの姿が、そこにあった。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
福原くん……
無意識に呟くと、福原くんは読んでいた本から視線を外して、目を見開いた。
福原 雪哉
福原 雪哉
っ──!
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
あっ
無言で手を引かれ、図書館の休憩スペースへと連れていかれる。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
福原くん……、わたし──
続きを話せなかった。

福原くんに、強く抱きしめられたから。
福原 雪哉
福原 雪哉
やっと、会えた
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
あ、あのっ
福原 雪哉
福原 雪哉
毎日待ってた。ずっと待ってた
福原 雪哉
福原 雪哉
俺は、偽の彼女ならもういらない
福原くんは私の体を離して、目を見つめる。

初めて抱きしめられたことで、ゆでダコみたいに真っ赤になっている私を。
福原 雪哉
福原 雪哉
本当は、初めて会った日から、気になってたんだ
福原 雪哉
福原 雪哉
毎日会いたくて、顔が見たくて、同じ本を読んでみたりもした
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
えっ、えっ……?
夢を見ているのかもしれない。
彼女のふりをする前から、私に会うためにずっと図書館通いをしていたって……言っているように聞こえる。
福原 雪哉
福原 雪哉
話すきっかけをずっと探してた。だから、茉莉花に偽の彼女を頼んだんだ
足元がふわふわする。

だけどそれは、寝不足のせいじゃなくて。
図書館を出て、福原くんに手を引かれるままに外を歩く。
どれだけの距離を進んだだろう。

どんどん景色が暗くなっていって、街灯も灯り出した。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
(手が、大きい……)
ずっと繋いでいて、追いかける背中は広くて、なんだか現実感がない。
福原 雪哉
福原 雪哉
着いたよ
目的地に着く頃には、空には星が出始めていた。
人通りがほとんどない、街を見下ろせる丘のような場所。
一瞬でよみがえる、文章。

それは、以前交わした、福原くんとの会話。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
ここって……
視界いっぱいに広がるのは、夜景。
街のあかりと、夜空の星が、同時に飛び込んでくる。
福原 雪哉
福原 雪哉
『夜の幽霊』のラストシーンに似てない?
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
うん! すごい!
福原 雪哉
福原 雪哉
本当は、デートの日、最後にここに来たかったんだ。茉莉花は、あのシーンがすごく好きみたいだから
本の中では、ヒロインはこう告げられる。

「ユウコ、俺にとって、君は夜景だ」って。
真剣な瞳が、夜景よりも綺麗。

明るい茶色の髪の毛が、キラキラしている。
福原 雪哉
福原 雪哉
偽の彼女じゃなく、俺の本当の彼女になってくれませんか?
福原 雪哉
福原 雪哉
……やっと言えた
緊張感が途切れたように、ふにゃっと笑う顔は、赤く染まっている。
福原 雪哉
福原 雪哉
あのシーン、茉莉花が憧れてるのは知ってるんだけど、告白くらいは自分の言葉で言いたかった
ぶわっと涙があふれてきて、声が出なくなる。
でも、どんなに不格好でも、下手くそでも、これだけは伝えなくちゃ。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
わたし……っも
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
……すき
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
すき……、福原くん
驚いた表情が、笑顔に変わる。
手が顔に伸びてきて、とっさに目を閉じた。
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
(き、キス……!?)
福原 雪哉
福原 雪哉
やっぱり、似合うな
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
(ヘアピン……?)
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
あ、ありがとう。初めてつけてみたの
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
(勘違いだった。恥ずかしい)
ヘアピンをさわっていた手のひらが、頬に移動する。

そして、額にやわらかいものが……
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
えっ、え!?
吉岡 茉莉花
吉岡 茉莉花
(キスされた!?)
福原 雪哉
福原 雪哉
してほしそうな顔だったから
福原 雪哉
福原 雪哉
その顔も、可愛い
いたずらっ子みたいな顔を見て、思う。
君との恋は、紙の上の文章よりも予想がつかなくて、
ずっとずっとドキドキする物語が待っている。

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