文月が終わり、葉月に入ったある日、あなたは手で顔を仰ぎながらこう呟いた。
正直、盛夏の空の下を出歩くなんてあまり乗り気にはなれなかったが、あなたのきらきらした瞳に捕えられれば、首を横に振るなんて出来るはずがなかった。
あなたは笑みを浮かべて走り去っていった。
残された俺の鼻腔をくすぐる、あなたの、残り香。
甘く、それでいて匂いなどすぐに薄まってしまいそうな、儚い匂い。
暫しの間ぼうっとしていると、あなたが戻ってきた。
外に出て歩いていると、やはり刺すような日差しに当てられ、俺は目眩を起こしそうになる。
しかし、思っていたより近かった甘味処への距離とあなたの楽しそうな笑顔で、何とか倒れることなく甘味処まで到着することが出来た。
「いらっしゃいませ。
お好きなお席にどうぞ。」
そう言われ、あなたが選んだのが、奥の座敷だった。
あなた曰く、「落ち着くじゃないですか。」らしい。
席に着くと、先程の店員が品書きを持ってきた。
「かしこまりました。
お待ちくださいね。」
しばらく取り留めない話をしていると、氷菓が運ばれてきた。
にこにこしながらあなたは匙をとる。
氷をすくい、口に運んで目尻を下げる。
愛おしくて、じっと見つめていると、あなたは顔を上げた。
俺も匙をとり、氷を口に運ぶ。
ひんやりとした空気が口の中に入ってきて、体温が下がる。
ここに来たのは、正解だった。
──────────
数十分後。
あなたと帰路を辿る。
隣から、ふと香ってきたのは、甘く、儚い、あなたの香りだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!