第4話

ふたりきりの部屋で
8,564
2019/11/29 04:09
───最近、私はおかしい。
来栖
来栖
おい?話聞いてんのか?
栞那
栞那
……え!?
ごめん、ぼーっとしてた
来栖さんが近くにいると、勝手に心臓がドキドキと加速する。

おまけに、見つめられると胸がギューッと締め付けられて……苦しい。目を見て話すなんて絶対無理。
来栖
来栖
マンション、着いたぞって
栞那
栞那
え!もう……!?
あ、ありがとう
来栖
来栖
…… 最近、何かおかしくないか?
心配なことがあるなら聞くけど
栞那
栞那
……ううん、そういうんじゃなくて
慌ててシートベルトを外して、降りる準備を整えた私の手首を、運転席から身を乗り出した来栖さんの手が捕まえる。

───ドキッ


至近距離で見つめられて、息をするのも忘れてしまう。あぁ、ダメ!胸が苦しい……。
来栖
来栖
目、そらすな
栞那
栞那
……っ!
なに??
これはどんな状況……!?

自分の心臓の音を聞きながら、来栖さんに聞こえてしまわないかとヒヤヒヤしながら、

相変わらず私を真っ直ぐ見下ろしたままの、ブラックホールのような瞳に吸い込まれてしまいそうになる。
来栖
来栖
やけに大人しいじゃん?
栞那
栞那
……なっ、
クイッと顎を持ち上げられて。
来栖さんの顔がゆっくりと近づいてくる。


このままじゃ、キス……されちゃう!?

ま、待って!!

……え!!ちょ、あわわわわ!!!
栞那
栞那
く、来栖さん……!
私たち一応、高校生と警察官だし
こういうのは、ダメだよ!!
来栖
来栖
……ブッ!!
栞那
栞那
え……?
お腹を抱えて笑いだした来栖さんを、キョトン顔で見つめながら、私の頭は今起きた出来事の整理が出来ずにいる。

……来栖さんが急に私の手首を掴んで。

それから、なぜか顎を持ち上げられて。どんどん来栖さんの顔が近づいて来て……

咄嗟に早口で叫んだら、対する来栖さんに大爆笑されている。


え、何これ。
……何度考えてみても、分からない。
来栖
来栖
アホ。
何を期待したのか知らねぇけど、
俺は高校生に手を出す趣味はない
栞那
栞那
そ、そうだよね……
高校生に手を出す趣味は、ないよね
来栖
来栖
当たり前だろ。
俺の目を見て話そうとしないから
ちょっとからかっただけだ
栞那
栞那
……っ、意地悪
勝ち誇った顔で私から離れていく来栖さんは、思わせぶりなずるい大人だ。

きっと、私が来栖さんのことを少なからず意識していることに気付いてるくせに、それに気付いてないフリができるくらい大人で。

6つも違う……その年の差を痛感してしまう。
来栖
来栖
今日はもう帰って寝ろ。
また明日の朝、迎えに来る
栞那
栞那
……言われなくてもそうする!
精一杯の生意気を振りかざして、小さく「また明日」と手を振ってから車から降りる。

最近は、来栖さんといる時間が妙に心地よくて、離れがたいなんて思ってる自分に驚く。

……私はストーカー被害者で、来栖さんは警察官。どう頑張ったって、私たちはそれ以上になんかなれないって分かっているのに。

【栞那の部屋】


来栖さんと別れた私は、マンションのポストに一通の手紙を発見した。
栞那
栞那
……なにこれ、
真っ黒な封筒に、赤字で書かれた自分の名前を見つけて思わず全身に鳥肌が立った。

差出人の名前はないけど、絶対”アイツ”だ。

恐る恐る封筒を破いて、中を確認すれば1枚の真っ黒な便箋が入っていた。

殴り書きのような汚い字で書かれた文字に、全身を寒気が走る。

【早くふたりきりで話がしたい】
【最近、一緒にいる男は誰?】
【あんな男、認めないよ】
【誰より俺が栞那を愛してる】
【明日、会いに行く】
栞那
栞那
いつも一緒にいる男って
来栖さんのこと……?
栞那
栞那
明日、会いに行くって……
カタカタと音がなりそうなくらい震え出す体。こうしている今も、もしかしたら”アイツ”に見られてるんじゃないかと思うと、吐き気がしてくる。
10分後。

電話で手紙のことを話したら、すぐに来栖さんがマンションまで戻ってきてくれたのはいいけど……。

来栖
来栖
命令だ、諦めろ
栞那
栞那
だって、部屋ひとつしかないし!
ベッドもひとつしか……
急遽ストーカーから私を護るため、来栖さんが私の部屋に泊まることになった。

もっと片付けておけばよかった……って、問題はそこじゃなくて。
来栖
来栖
ひとつあれば十分だろ。
俺は今日、寝ないで見張るから
栞那
栞那
え……ね、寝ないの?
来栖
来栖
……なんだよ。
そんなに俺と一緒に寝たかったのか?
私の言葉に、すぐ意地悪な顔を見せる来栖さん。
栞那
栞那
違いますー!
私にだって選ぶ権利ってもんがある
来栖
来栖
俺にもな
小馬鹿にするような来栖さんの言葉に、私が頬を膨らませたのは言うまでもなくて。

それを見た来栖さんは、楽しそうに笑った。

あれから、2時間ほどが経ち。

私の部屋に来栖さんがいるってことにドキドキしっぱなしで、やけに体は疲れているのに、頭はムダに冴えまくってる。

お風呂上がりの来栖さんを見れる日が来るなんて……って、私変態みたい!?

”アイツ”から危険な手紙が届いているって言うのに、呑気すぎる自分に驚く。
来栖
来栖
何も心配しないでいい。
もう、今日は寝ろ
栞那
栞那
……うん、来栖さんも
ちゃんと睡眠とってね
「あぁ」と小さい返事を聞いて、私は勢いよくベッドに潜った。


薄明かりの中、少し離れた場所に来栖さんの気配を感じる。こうなったら早く意識を手放そう……って、
栞那
栞那
〜〜っ!?
手の甲に何かが触れた感覚に鳥肌が立った私は、その正体に気付くと勢いよくベッドから飛び跳ねた。
来栖
来栖
……どうかしたか?
栞那
栞那
く、蜘蛛くも!!
ちょ!こっち来る……!
来栖
来栖
蜘蛛?
栞那
栞那
た、助けて……虫はダメなの!
ギュッと来栖さんの腕にしがみついて、必死にベッドを指さす私を振り払うことなく、来栖さんは静かに立ち上がって、電気を付ける。


パッと明るくなった部屋の眩しさにギュッと目をつぶれば、私の腕を優しく解いた来栖さんがベッドに数歩近付いた。
来栖
来栖
そんなに騒ぐからデカいのかと思えば、
こんな小さいのでギャーギャー騒ぐなよ
栞那
栞那
っ、お、大きさは関係ないの!
蜘蛛は蜘蛛だもん!
来栖
来栖
ククッ……ほら、こんな小さい
栞那
栞那
やー!!やめて!!
早く窓から逃がして!
私の反応を楽しんでいるらしい来栖さんに、ムッと頬を膨らませれば、笑いが止まらないとばかりに顔をクシャクシャにして笑うから、

その姿に、こんな時だって言うのにドキドキしてしまう。

初めてすぎる出来事に、私の心臓は働きすぎていっぱいいっぱい。
来栖
来栖
ほら、ちゃんと逃がした
栞那
栞那
……っ、あ、ありがとう
来栖
来栖
まさか、必死にしがみついてくるほど
虫が苦手だったなんてな
栞那
栞那
……またバカにして笑う気でしょ
来栖
来栖
……いや?
来栖
来栖
可愛いとこもあるんだなって
思っただけだ
栞那
栞那
っ!!
言いながら、ふわりと私の頭を撫でる来栖さんの大きな手。

来栖さんに見つめられると、まるで熱でもあるみたいに体中が熱くなる。
来栖
来栖
今度こそ安心して寝ろ。
朝までずっと、そばにいてやる
来栖さんが触れた場所は、ジンジンと熱を持って冷めること知らない。

来栖さんの言葉に小さく頷いてはみたけれど。


───ドキドキしすぎて眠れないよ。

プリ小説オーディオドラマ