第6話

失う怖さを知って
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2019/12/13 04:09
【病院の待合室】


チクタク、チクタク。
時計の秒針の音が、やけに耳に響く。

救急車が到着したのは、来栖さんが意識を手放してから5分ほどたった頃。


近くの病院に運ばれた来栖さんは、そのまま処置室へと運ばれてしまった。

あれから、30分。
来栖さんは無事?死んだりしない?
……また会えるよね?


そんな不安ばかりが胸の中で渦巻く。
小林 かおる
小林 かおる
栞那……!
栞那
栞那
かおるちゃん!!
小林 かおる
小林 かおる
怖かったわね……
1人で心細かったでしょ?
遅くなってごめん
私の姿を見つけて、優しく抱きしめてくれるかおるちゃんに、どうしようもなくホッとした。

小さく首を振れば、私を抱きしめる腕になんだか余計力がこもったような気がして、かおるちゃんの愛を感じた。
小林 かおる
小林 かおる
……来栖さんの様態は?
栞那
栞那
……まだ、分からない。
出血量が多かったから、心配で……
栞那
栞那
もう処置室に入って30分も経つのに
小林 かおる
小林 かおる
……そう。
きっと、来栖さんなら大丈夫よ。
信じて待ちましょう?
栞那
栞那
うん……
結局、私はストーカーから自分を守る代わりに、来栖さんを傷付けてしまった。

”仕事だから”と言われてしまえばそれまでだけど、命懸けで守ってもらえるほど大それた人間じゃないし、それだけの価値ある人間になれたつもりもない。


意識を手放す前に、来栖さんが言った言葉を思い出す。

『それが俺の仕事だから』

……本当に、来栖さんは微塵も私なんかに気がないんだろうな。そう思うと、酷く虚しくて、やるせなくて、悲しい気持ちが広がる。

こんなにも誰かを失うことが怖いと思ったのは生まれてはじめてで……。私の中で、いつの間にか来栖さんの存在がこんなにも大きくなっていたなんて。

私……来栖さんのことをいつの間にか、1人の男の人として好きになっちゃってたんだ。
栞那
栞那
お願い、どうか無事でいて
祈るように両手を合わせて、私はそれからも来栖さんの処置が終わるのを待った。

【30分後】
大野
大野
栞那ちゃん!
栞那
栞那
あ、大野さん……!
大野
大野
遅くなってごめん!
それと、今回のこと……
怖い思いをさせて本当にごめんね
栞那
栞那
いえ、私は全然。
護ってもらうばかりで
何一つできなかったから
大野
大野
それでいいんだよ。
栞那ちゃんは護られるべき人なんだから
来栖さんの元へすぐにでも駆け付けたかったであろう大野さんは、通報を受けてすぐに伊吹を追ったらしく、まだ制服姿で、片手に制帽を握りしめている。


いつだって優しい言葉で私を甘やかす大野さんに、首を左右に振って、
栞那
栞那
私、今回の件で護られるだけの
女にはなりたくないって思った
栞那
栞那
大事な人を護れるくらい……
ううん、護れなくてもせめて、
ただの足でまといにはなりたくない
大野
大野
……そっか。
栞那ちゃんにとっての来栖が
その”大事な人”に当てはまるなら
栞那
栞那
……っ、
大野
大野
来栖、それ以上のものは
きっと望まないんじゃない?
栞那
栞那
……え?
てっきり、否定されるものだとばかり思ってた。

”大事な人”なんて表現して濁したけれど、もう”好きな人”と言ってしまったようなもので。

きっと、大野さんはそれに勘づいているような気がしたから。

警察官に恋をするなんて、って。
未成年のくせに、って。

『辞めた方がいい』って、言われるんだと思ってた。言われてもおかしくないと諦めていた。

だけど───。
大野
大野
栞那ちゃんが来栖を護りたい!
って思う気持ちと同じように
来栖だって栞那ちゃんを護りたいし
大野
大野
栞那ちゃんが傷付くくらいなら
自分を犠牲にしたって構わない。
アイツもそう思ってるはずだから
大野
大野
来栖にとっても栞那ちゃんは
”大事な人”なんだよ
栞那
栞那
……大野さん
大野
大野
足でまといだなんて思わない。
……俺が護る!って信念持って
命張った来栖の覚悟、受け止めてやって
穏やかに笑う大野さんの落ち着いた声は、私の騒がしい心をいつも鎮めてくれる。

誰にでも愛想のいい、胡散臭い人だと思ってた。だけど大野さんは、誰より周りを見て、相手の立場になって発言ができる優しい人で。


よく知りもしないくせに、いつも表面だけを見て知った気になって。すぐに”好き嫌い”を決めていた自分が恥ずかしくなった。
栞那
栞那
……うん
大野
大野
よろしい!
大野
大野
あ、それからもうひとつ!
栞那
栞那
もうひとつ……?
大野
大野
報告が遅れてごめん!
って、俺さっきから謝りっぱなしだな
大野
大野
無事に伊吹は逃走中に確保されて
今は警察署で事情聴取されてる頃だよ
栞那
栞那
捕まったんだ!
よかった、……よかったぁ
ひとつは、二次被害が出なかったこと。
もうひとつは、来栖さんの頑張りが無駄にならなかったこと。

心底、良かったと思っている自分がいた。


これで、私もストーカーから解放される。
自由に外を歩いて、買い物を楽しんで、コンビニで季節限定商品を買って頬張るんだ。

学校には眠い目を擦りながら電車で通って、放課後は1人で現場まで向かう。

今まで通り。
当たり前の日常に戻るだけなのに……


それは、来栖さんと過ごす日々の終わりを告げていて、複雑な気持ちを抱いたまま、ただひたすら涙をこらえる。
医者
医者
来栖 俊太さんの付き添いの方ですか?
栞那
栞那
あ……、は、はい!
医者
医者
たった今、
無事に処置が終わりました
医者
医者
意識はまだ戻りませんが、
命に別状はありません
大野
大野
……傷の具合はどうですか?
医者
医者
全治3週間といったところです。
急所からハズレていたのが幸いでしたね。
あと数ミリずれていたら
危ないところでした。
”不幸中の幸いでした”


そう言って、深くお辞儀をした後、長い廊下を歩いていく先生の後ろ姿に私も深く深くお辞儀をした。


来栖さん、早く目を覚まして。
次に会えたら、まだ言えていないお礼を、目を見て真っ直ぐ伝えたい。


私を護ってくれて、私を助けてくれて、私のために命をかけてくれて、本当にありがとう。

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