【病院の待合室】
チクタク、チクタク。
時計の秒針の音が、やけに耳に響く。
救急車が到着したのは、来栖さんが意識を手放してから5分ほどたった頃。
近くの病院に運ばれた来栖さんは、そのまま処置室へと運ばれてしまった。
あれから、30分。
来栖さんは無事?死んだりしない?
……また会えるよね?
そんな不安ばかりが胸の中で渦巻く。
私の姿を見つけて、優しく抱きしめてくれるかおるちゃんに、どうしようもなくホッとした。
小さく首を振れば、私を抱きしめる腕になんだか余計力がこもったような気がして、かおるちゃんの愛を感じた。
結局、私はストーカーから自分を守る代わりに、来栖さんを傷付けてしまった。
”仕事だから”と言われてしまえばそれまでだけど、命懸けで守ってもらえるほど大それた人間じゃないし、それだけの価値ある人間になれたつもりもない。
意識を手放す前に、来栖さんが言った言葉を思い出す。
『それが俺の仕事だから』
……本当に、来栖さんは微塵も私なんかに気がないんだろうな。そう思うと、酷く虚しくて、やるせなくて、悲しい気持ちが広がる。
こんなにも誰かを失うことが怖いと思ったのは生まれてはじめてで……。私の中で、いつの間にか来栖さんの存在がこんなにも大きくなっていたなんて。
私……来栖さんのことをいつの間にか、1人の男の人として好きになっちゃってたんだ。
祈るように両手を合わせて、私はそれからも来栖さんの処置が終わるのを待った。
【30分後】
来栖さんの元へすぐにでも駆け付けたかったであろう大野さんは、通報を受けてすぐに伊吹を追ったらしく、まだ制服姿で、片手に制帽を握りしめている。
いつだって優しい言葉で私を甘やかす大野さんに、首を左右に振って、
てっきり、否定されるものだとばかり思ってた。
”大事な人”なんて表現して濁したけれど、もう”好きな人”と言ってしまったようなもので。
きっと、大野さんはそれに勘づいているような気がしたから。
警察官に恋をするなんて、って。
未成年のくせに、って。
『辞めた方がいい』って、言われるんだと思ってた。言われてもおかしくないと諦めていた。
だけど───。
穏やかに笑う大野さんの落ち着いた声は、私の騒がしい心をいつも鎮めてくれる。
誰にでも愛想のいい、胡散臭い人だと思ってた。だけど大野さんは、誰より周りを見て、相手の立場になって発言ができる優しい人で。
よく知りもしないくせに、いつも表面だけを見て知った気になって。すぐに”好き嫌い”を決めていた自分が恥ずかしくなった。
ひとつは、二次被害が出なかったこと。
もうひとつは、来栖さんの頑張りが無駄にならなかったこと。
心底、良かったと思っている自分がいた。
これで、私もストーカーから解放される。
自由に外を歩いて、買い物を楽しんで、コンビニで季節限定商品を買って頬張るんだ。
学校には眠い目を擦りながら電車で通って、放課後は1人で現場まで向かう。
今まで通り。
当たり前の日常に戻るだけなのに……
それは、来栖さんと過ごす日々の終わりを告げていて、複雑な気持ちを抱いたまま、ただひたすら涙をこらえる。
”不幸中の幸いでした”
そう言って、深くお辞儀をした後、長い廊下を歩いていく先生の後ろ姿に私も深く深くお辞儀をした。
来栖さん、早く目を覚まして。
次に会えたら、まだ言えていないお礼を、目を見て真っ直ぐ伝えたい。
私を護ってくれて、私を助けてくれて、私のために命をかけてくれて、本当にありがとう。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。