毎日、眠い目を擦って電車に乗って。
2駅先の県立高校に通う。
授業中はもっぱらボーッと窓の外を見て過ごし、休み時間は友達と流行りのコスメや、恋バナなんかに花を咲かせて。
放課後になれば、カメラに向かってポージングを決めて、眩しいほどのフラッシュを浴びる。
───そんな私の毎日は、
この男に出会って一変した。
朝は毎日、車でマンションまで迎えに来て、放課後は私の通う高校からほんの少し離れた場所で待っている。
そのまま撮影現場まで私を送った後、仕事を終えた私を再び迎えに来て、マンションまで送り届けると帰っていく。
まるで、専属の運転手だ。
もちろん、それもこれも全部、ストーカーから私を護衛するためで、捜査の一環なんだけど。
初めて会った日から、早いもので1週間と少し。
相変わらず意地悪で、性格がひねくれてて。
6つも年上のくせに大人気なくて。
フッと鼻で笑って、少しだけ口元を緩める。
その仕草に、無意識のうちに見惚れていることに気付いて、慌てて目を逸らす。
ほんと……無駄に顔だけはいいんだから。
ムカつくことばかりだけど、最近はようやくこの人の意地悪にも慣れてきた。
【撮影現場】
カシャカシャとシャッター音が響いて、フラッシュの光が反射する。
何度も着替えて、色んな雰囲気の服を身にまとい、その服の雰囲気に合わせてポージングをする。
いつも3時間は軽くかかる撮影を、最後まで笑顔を絶やさず、疲れを見せずに終えなければならない。
それが、モデルという仕事。
そんなカメラマンの声に、フッと肩の力が抜ける。
この仕事は好きだけど、求められれば求められるほどその分、プレッシャーも大きくなる。
特にここ最近は、そんなプレッシャーに押しつぶされないように、いつも必死に仕事をこなしているような気がする。
すかさず差し出されたペットボトルを受け取りながら、かおるちゃんに笑顔を向けた私は、
目の前に来栖さんの姿を見つけて、思わず目を見開いた。
……慌てて回りを見渡すけれど、ここは撮影現場で間違いない。
そう言いながら、私のスマホを差し出したかおるちゃんから、スマホを受け取れば。
そこには20時35分の文字。
……うわ、もうこんな時間?
来栖さんには20時に迎えに来てもらうことになってたから……待たせちゃったんだ。
しかも、3回も着信入ってる。
いつもみたいにキーキーと言い合う私と来栖さんを見ていたかおるちゃんが、突然堪えきれないとばかりに笑い出すから、私と来栖さんは訳が分からず顔を見合わせた。
バカにした言葉とは裏腹に、びっくりするほど優しく笑うから……。
不覚にもドキッと心臓が跳ねた。
なんだろう、この感覚。
ギュッと胸を掴まれたみたいに苦しいのに、ポカポカと温かい気持ちが溢れてくる。
来栖さんの真っ直ぐな言葉を、素直に嬉しいと思った。
私が喜んでいるのを見透かしたように、ニヤッと口角を上げた来栖さん。
やっぱり、意地悪く笑う来栖さんを見ると、バカにされてるみたいで悔しい!!って思う。
だけど、もしかしたらこの人の中にも優しさってものが存在していて。
分かりづらいけれど、その分かりづらい優しさを時々私にも与えてくれているのかもしれない……なんて思った。
「冗談、冗談」なんて笑うかおるちゃんに、もう!と思いながらずっと手に持ったままだったペットボトルの水を口に含んだ。
口の中が潤って、知らず知らずのうちに口の中が乾いていたことに気付かされる。
カメラマンの声に、一気に現実に引き戻されたような気分になる。
慌ててペットボトルとスマホをかおるちゃんに預けて、撮影へ戻ろうとした私は、
チラリと視界に映った来栖さんの口元が、音もなく「が」「ん」「ば」「れ」と動いたのを見逃さなかった。
あぁ、もう!!不意打ちばっかり。
こんな適当警官なんかに簡単にドキドキさせられてしまう自分が悔しい。
来栖さんに見られながら撮影するって思うと、不思議と緊張する。
なんて思ったことは、来栖さんには絶対内緒だ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!