第9話

もう会えない、好きな人
6,637
2020/01/03 04:09
毎日、眠い目を擦って電車に乗って。
2駅先の県立高校に通う。

授業中はもっぱらボーッと窓の外を見て過ごし、休み時間は友達と流行りのコスメや、恋バナなんかに花を咲かせて。

放課後になれば、カメラに向かってポージングを決めて、眩しいほどのフラッシュを浴びる。

───そんな私の毎日が、戻ってきた。

ただひとつ、今までと違うのは。
私の中に、どう頑張っても消えてくれない『来栖 俊太』がいること。
小林 かおる
小林 かおる
栞那!
さっき、大野さんから連絡があって
来栖さん今日、退院なんだって!
撮影の休憩時間になった途端、スマホ片手にかおるちゃんが飛んできた。
栞那
栞那
退院、決まったんだね
小林 かおる
小林 かおる
本人はもっと早く退院したがってた
みたいなんだけど、病院側の許可が
出ないって前に大野さんが……
栞那
栞那
かおるちゃんって、
大野さんと頻繁に連絡取ってる?
小林 かおる
小林 かおる
……え!?
いや、そういうわけじゃ!
栞那
栞那
……ふぅん
小林 かおる
小林 かおる
業務連絡っていうかその、ほら!
栞那の件ではお世話になったし
その後の来栖さんの容態とか、
栞那も気になるだろうな~って
普段、落ち着いた雰囲気のかおるちゃんが、こんなにも早口で、あたふたしている様子がおかしくて、ついニヤけてしまう。
栞那
栞那
好きなの?大野さんのこと!
小林 かおる
小林 かおる
だ、だから!
そういうんじゃなくて……!
それに、大野くんは年下だし
来栖さんと最後に会ったあの日から、早いもので3週間が経った。

あれっきり、連絡を取ることもなければ会うこともなく。私の生活から来栖さんが消えた。

とは言え、簡単に心の中から消えてくれるわけもなくて……暇さえあれば来栖さんのことばかり考えてしまう。

むしろ、毎日会ってたあの頃よりも、気持ちは膨らんでしまった気がする。
栞那
栞那
恋愛は自由だよ?
年下だって、関係ないよ!
小林 かおる
小林 かおる
……それを言うなら栞那こそ
栞那
栞那
え?……私?
小林 かおる
小林 かおる
好きなんでしょ?
来栖さんのこと
栞那
栞那
……私と来栖さんじゃ話は別だよ
小林 かおる
小林 かおる
どうしてそう思うの?
栞那
栞那
私は17歳の高校生で、
来栖さんは23歳の警察官。
……交わることなんてないもん
小林 かおる
小林 かおる
……あら、恋愛は自由なんでしょ?
栞那
栞那
え?
小林 かおる
小林 かおる
私が20歳のとき、
大野さんは16歳の高校生だよ
栞那
栞那
……っ、でも!
来栖さんは警察官だもん
栞那
栞那
それに……来栖さん、
すっごい美人な彼女がいて
私なんか全然眼中にないし
小林 かおる
小林 かおる
彼女……?
栞那
栞那
うん、1回だけお見舞いに行ったって
話したでしょ?その時に、
病室に来てた女の人がいたの
小林 かおる
小林 かおる
来栖さんから彼女だって
紹介されたの?
栞那
栞那
ううん。
……でも、絶対そう!
栞那
栞那
……お似合いすぎて
私なんかが入る隙間もなかったよ
自嘲的に笑って見せれば「もう!」と少し怒ったような声を出すかおるちゃん。

元はと言えば、かおるちゃんと大野さんの話をしていたのに、いつから私の話になったんだろう。

かおるちゃんの背中を押すつもりだったのに。
小林 かおる
小林 かおる
結局は本人たちの気持ち次第よね。
10代と20代だと変に年の差が
気になっちゃうけど
小林 かおる
小林 かおる
80歳と86歳って聞いたら
全然そんなことない気がしない?
栞那
栞那
……確かに
栞那
栞那
言われてみれば
そんな気もしてくるけど
小林 かおる
小林 かおる
でも、もちろん
栞那の気持ちも分かるし
小林 かおる
小林 かおる
まぁ?マネージャーとして
言わせてもらうとゴシップは
ご遠慮願いたいところだけどね?
栞那
栞那
アハハ、
もし次の恋に進めたら気をつけるよ
小林 かおる
小林 かおる
……でも、私は栞那の気持ちを
いつだって尊重するつもりだから
小林 かおる
小林 かおる
事務所としても恋愛禁止じゃないし!
栞那
栞那
え?そうなの?
小林 かおる
小林 かおる
そうよ?知らなかったの?
カメラマン
よし、次行こう~!
小林 かおる
小林 かおる
あ、撮影再開するみたい。
じゃあ、残りも頑張って!
かおるちゃんに笑顔を向けて、残りの撮影へと向かう。

未成年と警察官。
それだけ聞くと、聞こえが悪いなってずっと気になっていた。

だけど……。

『80歳と86歳って聞いたら全然そんなことない気がしない?』

かおるちゃんと話したら、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった。


【帰宅途中】


家まで帰る途中。

来栖さんとよく行ったコンビニが目に留まって思わず足を止めた。


『甘いものばっか食うと太るぞ』

『この時間に食う量じゃねぇな』

『本当にモデルとは思えねぇ食生活』


思い出すのは、いつも私を小馬鹿にして笑う来栖さんばかりなのに……そのどれもが今となってはこんなにも恋しい。
栞那
栞那
会いたい
ポロッと零れた自分の言葉に、自分が1番驚いた。
栞那
栞那
声、聞きたい
一度溢れ出した気持ちは、そう簡単には消えてくれない。

会えなくなってしばらく経つのに、どうしてこんなにも強く惹かれているんだろう。

意地悪で、口が悪くて、偉そうで。

思い返せば顔がいいってことくらいしか、良いところなんて思い出せないのに。
栞那
栞那
……好き。
来栖さんが、大好き
都会の空は、星ひとつない。

吸い込まれそうなくらい、真っ暗な夜空を見上げれば、まるでブラックホールのようだと思った来栖さんの瞳を思い出した。
バッグからスマホを取り出して、アドレス帳を 開く。

《来栖さん》と表示されたディスプレイを眺めながら、電話をかけようか悩む。
栞那
栞那
……21時、か。
さすがに起きてるよね?
栞那
栞那
でも、電話なんてかけて
……何を話すわけ?
……電話はやめよう。
きっと、声を聞いてしまえば最後、会いたい気持ちが暴走してしまいそうな気がするから。


だからと言って、もちろんLIMEなんて知らないし。メールアドレスも聞いてない。

私と来栖さんを繋ぐものは、あまりにも少なくて、簡単に切れてしまうくらい細い糸で無理やりつなぎ止めていたことに気付かされた。

ショートメールの作成ボタンをおして、勢いよく送信ボタンを押す。


” 退院おめでとうございます ”
” 今まで本当にありがとうございました ”


栞那
栞那
……って、ここに来て
敬語使っちゃったよ
他人行儀だったかな?なんて、思ったけれど、私と来栖さんの関係を一言で表すなら”他人”で間違いないんだという結果にたどり着いて、ひとりきりの帰り道、思わず笑ってしまった。


”連絡先を削除”

”YES” ”NO”
栞那
栞那
バイバイ、来栖さん
今度こそ、本当にさよならしよう。
来栖さんとの繋がりを全部消して。

ゆっくりでも前を見て、少しずつでも来栖さんを忘れて、誰にも負けないくらい輝くモデルになったら……


” 削除しました ”


その時はまたどこかで会えるといいな。

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