毎日、眠い目を擦って電車に乗って。
2駅先の県立高校に通う。
授業中はもっぱらボーッと窓の外を見て過ごし、休み時間は友達と流行りのコスメや、恋バナなんかに花を咲かせて。
放課後になれば、カメラに向かってポージングを決めて、眩しいほどのフラッシュを浴びる。
───そんな私の毎日が、戻ってきた。
ただひとつ、今までと違うのは。
私の中に、どう頑張っても消えてくれない『来栖 俊太』がいること。
撮影の休憩時間になった途端、スマホ片手にかおるちゃんが飛んできた。
普段、落ち着いた雰囲気のかおるちゃんが、こんなにも早口で、あたふたしている様子がおかしくて、ついニヤけてしまう。
来栖さんと最後に会ったあの日から、早いもので3週間が経った。
あれっきり、連絡を取ることもなければ会うこともなく。私の生活から来栖さんが消えた。
とは言え、簡単に心の中から消えてくれるわけもなくて……暇さえあれば来栖さんのことばかり考えてしまう。
むしろ、毎日会ってたあの頃よりも、気持ちは膨らんでしまった気がする。
自嘲的に笑って見せれば「もう!」と少し怒ったような声を出すかおるちゃん。
元はと言えば、かおるちゃんと大野さんの話をしていたのに、いつから私の話になったんだろう。
かおるちゃんの背中を押すつもりだったのに。
かおるちゃんに笑顔を向けて、残りの撮影へと向かう。
未成年と警察官。
それだけ聞くと、聞こえが悪いなってずっと気になっていた。
だけど……。
『80歳と86歳って聞いたら全然そんなことない気がしない?』
かおるちゃんと話したら、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった。
【帰宅途中】
家まで帰る途中。
来栖さんとよく行ったコンビニが目に留まって思わず足を止めた。
『甘いものばっか食うと太るぞ』
『この時間に食う量じゃねぇな』
『本当にモデルとは思えねぇ食生活』
思い出すのは、いつも私を小馬鹿にして笑う来栖さんばかりなのに……そのどれもが今となってはこんなにも恋しい。
ポロッと零れた自分の言葉に、自分が1番驚いた。
一度溢れ出した気持ちは、そう簡単には消えてくれない。
会えなくなってしばらく経つのに、どうしてこんなにも強く惹かれているんだろう。
意地悪で、口が悪くて、偉そうで。
思い返せば顔がいいってことくらいしか、良いところなんて思い出せないのに。
都会の空は、星ひとつない。
吸い込まれそうなくらい、真っ暗な夜空を見上げれば、まるでブラックホールのようだと思った来栖さんの瞳を思い出した。
バッグからスマホを取り出して、アドレス帳を 開く。
《来栖さん》と表示されたディスプレイを眺めながら、電話をかけようか悩む。
……電話はやめよう。
きっと、声を聞いてしまえば最後、会いたい気持ちが暴走してしまいそうな気がするから。
だからと言って、もちろんLIMEなんて知らないし。メールアドレスも聞いてない。
私と来栖さんを繋ぐものは、あまりにも少なくて、簡単に切れてしまうくらい細い糸で無理やりつなぎ止めていたことに気付かされた。
ショートメールの作成ボタンをおして、勢いよく送信ボタンを押す。
” 退院おめでとうございます ”
” 今まで本当にありがとうございました ”
他人行儀だったかな?なんて、思ったけれど、私と来栖さんの関係を一言で表すなら”他人”で間違いないんだという結果にたどり着いて、ひとりきりの帰り道、思わず笑ってしまった。
”連絡先を削除”
”YES” ”NO”
今度こそ、本当にさよならしよう。
来栖さんとの繋がりを全部消して。
ゆっくりでも前を見て、少しずつでも来栖さんを忘れて、誰にも負けないくらい輝くモデルになったら……
” 削除しました ”
その時はまたどこかで会えるといいな。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。