いつもより長引いた撮影も、何とか無事に終え、駅までの道をかおるちゃんと並んで歩く。
駅のホームでかおるちゃんと別れて、ひとりになった瞬間。
今でもふと、伊吹のことを思い出す。
同時に来栖さんのことも思い出して……。そうすると、自然と恐怖や不安が消えていく。
大丈夫って思える。
会えなくなった今でも、私のことを護ってくれる来栖さんは、私にとって永遠のヒーローだ。
【栞那のマンション】
エレベーターに乗り込んで、ふとスマホを見れば、21時を少しすぎたところ。
昨日とほぼ同じ時間だな〜なんてぼんやり思っていた私に、チンッとアナログな音が聞こえてエレベーターのドアか開いた。
月明かりだけに照らされた、見慣れた共用廊下を進んで、もうすぐ私の部屋の前ってところで、壁に持たれて立ち尽くす人影を見つけて思わず一瞬で冷や汗をかく。
伊吹は逮捕されて、今も刑務所にいる。
頭では分かってるのに、もしかしたら”アイツかも”なんて思ってしまうほど、私の中に根深く居座る伊吹の存在。
完全に恐怖で動けなくなった私に、その人影がゆっくりと顔を向けた。
───ドキッ
その人を見た瞬間、上手く呼吸が出来なくなって、心臓は壊れそうなくらい波打った。
ずっと、ずっとずっと会いたかった人だったから。
短い挨拶の後、私に向かって歩いてくる彼はすっかり元通り。
……良かった、元気になって。
”傷口に響く”なんて言ってたのがまるで嘘みたい、
そう言って、来栖さんが胸ポケットから取り出したのは警察手帳だった。
暗がりの中で、伏し目がちな来栖さんの表情はよく分からない。
───だけど。
来栖さんの言葉が『会いたかった』って意味に聞こえて、慌てて自分に”そんなはずない”って言い聞かせた。
来栖さんとの間に見えない境界線を引こうと、咄嗟に敬語を使ってみたけど、違和感が境界線を浮き彫りにしていく。
───ドクンッ
来栖さんの瞳が、真っ直ぐ私を射抜く。
何を言われたか一瞬理解出来ずに、脳内で噛み砕くように何度も何度も来栖さんの言葉を繰り返した。
夢でも見てるみたいな、来栖さんの言葉に息を飲む。
だって、それじゃまるで……来栖さんも、私と同じ気持ちなのかもって勘違いしてしまいそうで。
───グイッ
来栖さんの声が聞こえた次の瞬間には、強く腕をひかれて。
驚きに声を出す暇もないまま、来栖さんの腕の中に閉じ込められた。来栖さんの匂いに包まれて、何も考えられない。
一生、交わることなんてないと思ってた。
私を命懸けで守ってくれたヒーローからの、熱い言葉たちに胸が焦げ付くような心地のいい甘さが広がっていく。
ギュッと私を抱きしめる腕に力を込めるから、私もその背中に抱きついた。
2人の距離がゼロになって、さっきまで感じていた寒さが嘘みたいに暖かい。
他の誰かじゃ満たせない。
来栖さんの代わりなんていないから。
この先、変えることのできない年の差を、ふたりの愛で埋めていこう。
そして、ずっとずっと私だけのヒーローでいてね。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。