第8話

関係解消
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2019/12/27 04:09
栞那
栞那
綺麗な人だね
来栖
来栖
……そうか?
昔から一緒にいるから
よく分かんねぇな
栞那
栞那
……うわ、贅沢。
いつか刺されるよ?って、
来栖
来栖
もう刺された
栞那
栞那
そうだった。
……ごめんね、私のせいで
来栖
来栖
別にお前のせいじゃない。
俺は俺の仕事を全うしただけだ
”それが俺の仕事だから”
昨日の来栖さんの言葉を思い出す。

そう、来栖さんは仕事をしただけ。
別に私のことを特別に思ってるから、護ってくれたんじゃない。相手が誰であろうと、あの状況になったら、来栖さんは同じことをしただろう。

……そう思うと、チクリと胸が傷んだ。

他人のために命をかけるなんて誰にでもできる事じゃない。

分かってるのに。
そこにこの期に及んで、”私のことが特別だから”っていう理由を欲しがっている私がいる。
栞那
栞那
……怖かった。
すごく、すごく……怖かった
来栖
来栖
もう大丈夫だから安心しろ。
伊吹は逮捕されたってさっき
大野さんが……
栞那
栞那
違う!
栞那
栞那
来栖さんが……
死んじゃうんじゃないかって、
不安でいっぱいで、怖かったの
来栖
来栖
……っ
栞那
栞那
無茶ばっかり……
私、命かけて護って欲しいなんて
頼んだ覚えないんだけど!
来栖
来栖
……なんで泣くんだよ
来栖
来栖
それに、俺だってまさか、
命かけるなんて想定外だったよ
来栖さんに言われて初めて、自分が泣いていることに気付いた。

目の前で大事な人を失うかもしれないと思った時は、ストーカー被害にあってる時よりもずっとずっと不安で怖かった。
栞那
栞那
新米のくせに、無駄にちゃんと
警察官なんだから
来栖
来栖
……褒めてんのか
貶してんのか分かんねぇよ
栞那
栞那
来栖さん……ありがとう。
こんな生意気なただの高校生を
命懸けで護ってくれて
来栖
来栖
……お前を護れなかったら
俺はどのみちファンに刺されてたよ
来栖
来栖
ただの生意気なガキだと思ってたけど。
お前が仕事してるの見た時、
素直にすげぇって思った
栞那
栞那
……え?
来栖
来栖
ストーカーに怯えながらも
仕事は絶対に休んだりしないし。
現場では不安の色をひとつも見せずに
最後までモデルの顔でやり遂げる
来栖
来栖
どんなファン相手にも丁寧に感謝して
……一緒にいる中で、モデルとしての
意識の高さを見せつけられた
いつになく優しく笑う来栖さんに、落ち着きかけた涙がまた溢れてくる。

ただ仕事として傍にいるだけじゃなくて、その中でちゃんと私のことを見てくれていた。


それが、すごくすごく嬉しかった。
栞那
栞那
……嬉しい。
ありがとう
栞那
栞那
あと……さっき、私のこと
”栞那”って呼んでくれたよね?
来栖
来栖
……そうだっけ?
栞那
栞那
……それも。
すごい嬉しかった
来栖
来栖
……っ
栞那
栞那
来栖さんに名前で呼んでもらえたこと、
自分でもびっくりするくらい嬉しかった
栞那
栞那
だから、ありがとう
来栖
来栖
……なんだよ、それ
ベッドの横まで歩き進める。
私が傍に来たことで、ベッドに横になっていた来栖さんが起き上がろうとするけれど、私はそれを静かに止めた。
栞那
栞那
寝てて。
傷口、開いちゃう
栞那
栞那
明日ね、大野さんから詳しく
ストーカーのこと説明してくれるって
来栖
来栖
……そうか
栞那
栞那
今日、久しぶりに
何も気にせず外を歩いて。
あー、もう自由なんだなって思った
栞那
栞那
伊吹が逮捕されて、やっと私に
平和な日常が戻ってきたんだって
来栖
来栖
ん、そうだな
栞那
栞那
最初はね、こんな新米警官なんかで
本当に私を護ってくれるわけ?
って正直すごい不安だった
栞那
栞那
口は悪いし、偉そうだし?
来栖
来栖
悪かったな、偉そうで
分かりやすく不貞腐れた顔をする来栖さんに、思わず笑いが零れてしまう。
栞那
栞那
だけど、
栞那
栞那
気付いたらいつの間にか来栖さんの
存在を心強いって思うようになって
……居てくれるだけで安心した
栞那
栞那
結局、何だかんだ優しくて
こんな生意気ばっかりな
私と向き合ってくれて……
栞那
栞那
ありがとう
来栖
来栖
なんだよ、急に
深く、深くお辞儀をする。
こんな言葉たちじゃ伝えきれないくらい、来栖さんへの想いで溢れているけど。

それを来栖さんに伝えることはしない。
……これが最後だと思えば思うほど、寂しくて、ワガママを言ってしまいそうになるけど。
栞那
栞那
もう、護ってくれなくて大丈夫
栞那
栞那
これからは来栖さんにも
私の活躍が聞こえるくらい
モデルとしてもっと頑張るね
来栖
来栖
……っ、
何かを考えるように宙をさまよったあとで、私へと向けられた視線。……何か言いかけた言葉を、ぐっと飲み込んだように見えた。
来栖
来栖
活躍しなかったらすぐ忘れてやる
栞那
栞那
うわ、ひどっ!
来栖
来栖
活躍すればいいだけの話だろ?
栞那
栞那
そ、それはそうだけど……!
本当に最後まで意地悪
私の言葉に「最後か」なんて独り言を呟いた来栖さんは、ゆっくりと私に向かって片手を伸ばした。
栞那
栞那
な、なに?
そのまま、グイッと私を引っ張って、横たわったままの来栖さんへと近づける。

絡み合う視線に、私の体は熱を持って火照っていく。
来栖
来栖
”護ってくれなくても大丈夫”
なんて、自惚れんな
来栖
来栖
もし、また何かあった時は
……すぐに頼れ
来栖
来栖
俺が嫌なら大野さんでもいい。
……1人で抱え込もうとすんな
栞那
栞那
なに?珍しく優しいと
調子狂うんだけど……っ、
私の頭を優しく撫でて、思わせぶりに優しい言葉をかけるなんて。

……来栖さんの、バカ。

私の覚悟が揺らいで、もし『好き』なんて口しちゃったらどうするのよ。……彼女、いるくせに。

高校生なんて恋愛対象にも入らないくせに。
……私のこと、これっぽっちも”女”として見てくれないくせに。


これ以上、好きにさせないで欲しい。
来栖
来栖
だから、なんで泣くんだよ
栞那
栞那
来栖さんのせいでしょ?
……ちょっとは察してよ
来栖
来栖
まじでお前、
どうしようもなく生意気
来栖さんはハハッと、おかしそうに笑ったかと思えば「笑うと傷口に響く」とすぐに顔をしかめた。
栞那
栞那
生意気ついでにもうひとつ
ワガママ言ってもいい?
来栖
来栖
今度はなんだよ
栞那
栞那
……もっと、
自分のこと大事にして欲しい
栞那
栞那
確かに来栖さんは警察官で、
困った人を助けるのが仕事だよ?
でも、来栖さんは仕事のためなら
簡単に自分の命だって差し出す
栞那
栞那
……来栖さんが死んだら
悲しむ人がいっぱいいるってこと
全然、分かってない
来栖
来栖
……じゃあ、なに?
その困ってるやつ見捨てればいい?
栞那
栞那
ううん……!
困ってる人はもちろん助けて。
それで、来栖さんにも生きて欲しい
来栖
来栖
……ぶっ、
ハハッ……まじでワガママだな
栞那
栞那
うん、ワガママで生意気なのが
私の取り柄だから
来栖
来栖
……とんでもねぇ取り柄だな。

俺は、栞那を護れてよかったよ。
たとえ死んでも、後悔しなかった
来栖
来栖
それだけ、護りたいって思ってた
優しく微笑んだ来栖さんに、ギューッと胸は締め付けられて。


来栖さんのことを、今この瞬間を、私はいつか眠りにつくその日まで絶対に忘れたくないって思いながら、来栖さんの笑顔を目に焼き付けた。

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