”それが俺の仕事だから”
昨日の来栖さんの言葉を思い出す。
そう、来栖さんは仕事をしただけ。
別に私のことを特別に思ってるから、護ってくれたんじゃない。相手が誰であろうと、あの状況になったら、来栖さんは同じことをしただろう。
……そう思うと、チクリと胸が傷んだ。
他人のために命をかけるなんて誰にでもできる事じゃない。
分かってるのに。
そこにこの期に及んで、”私のことが特別だから”っていう理由を欲しがっている私がいる。
来栖さんに言われて初めて、自分が泣いていることに気付いた。
目の前で大事な人を失うかもしれないと思った時は、ストーカー被害にあってる時よりもずっとずっと不安で怖かった。
いつになく優しく笑う来栖さんに、落ち着きかけた涙がまた溢れてくる。
ただ仕事として傍にいるだけじゃなくて、その中でちゃんと私のことを見てくれていた。
それが、すごくすごく嬉しかった。
ベッドの横まで歩き進める。
私が傍に来たことで、ベッドに横になっていた来栖さんが起き上がろうとするけれど、私はそれを静かに止めた。
分かりやすく不貞腐れた顔をする来栖さんに、思わず笑いが零れてしまう。
深く、深くお辞儀をする。
こんな言葉たちじゃ伝えきれないくらい、来栖さんへの想いで溢れているけど。
それを来栖さんに伝えることはしない。
……これが最後だと思えば思うほど、寂しくて、ワガママを言ってしまいそうになるけど。
何かを考えるように宙をさまよったあとで、私へと向けられた視線。……何か言いかけた言葉を、ぐっと飲み込んだように見えた。
私の言葉に「最後か」なんて独り言を呟いた来栖さんは、ゆっくりと私に向かって片手を伸ばした。
そのまま、グイッと私を引っ張って、横たわったままの来栖さんへと近づける。
絡み合う視線に、私の体は熱を持って火照っていく。
私の頭を優しく撫でて、思わせぶりに優しい言葉をかけるなんて。
……来栖さんの、バカ。
私の覚悟が揺らいで、もし『好き』なんて口しちゃったらどうするのよ。……彼女、いるくせに。
高校生なんて恋愛対象にも入らないくせに。
……私のこと、これっぽっちも”女”として見てくれないくせに。
これ以上、好きにさせないで欲しい。
来栖さんはハハッと、おかしそうに笑ったかと思えば「笑うと傷口に響く」とすぐに顔をしかめた。
優しく微笑んだ来栖さんに、ギューッと胸は締め付けられて。
来栖さんのことを、今この瞬間を、私はいつか眠りにつくその日まで絶対に忘れたくないって思いながら、来栖さんの笑顔を目に焼き付けた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。