蝶子が目を覚ますと、ベッドの中。
外は朝日が昇っている。
ヨウの腕の中で気を失ってしまうまで、泣いていたことを思い出し、頬に残る涙の跡を拭った。
ヨウがエプロンを着けた状態で、部屋に入ってきた。
とても優しい顔をして、蝶子の頭を撫でる。
昨日のことは何も言わず、ヨウは笑って部屋を出て行く。
***
処方された薬は、眠気と胸焼けの副作用はあるものの、驚くほど症状を抑えてくれた。
ただ、これは症状を抑えるのみで、根本的な治療はできない。
心配するヨウには「研究してた方が気が紛れる」と言って、蝶子は研究に戻った。
研究チームのみんなは、蝶子の復帰を喜んだ。
ヨウも、蝶子の気持ちを尊重して、病気のことは言わず普通にしている。
蝶子は研究の合間を縫って、ヨウには内緒で、新たにヨウを託せる相手を探した。
が、いかんせん学生時代に交友関係を築いてこなかったため、仕事で関わるくらいの相手しかいない。
全員に、事情を話すわけにもいかない。
こんな時に頼れるのは、栄一だろう。
しかし、彼とハナの邪魔をするのも、2人の関係を見てヨウが不遇を感じるのも、蝶子の望むところではない。
それに、ヨウはもしかすると、蝶子の死後はひとりで生きていきたいと思うかもしれない。
今のヨウなら、自力でいい人を見つけて、一緒に生きていく可能性もある。
何かあれば、国や研究チームがヨウをサポートしてくれる。
蝶子は、自分を追い詰め始めた。
***
蝶子は毎日、研究に没頭している。
ヨウは、そんな蝶子にどんな言葉を掛けたらいいかが分からず、困っていた。
夜、蝶子が自室で眠ったのを確認して、ヨウは栄一に連絡をとった。
栄一も蝶子の様子がおかしいと分かっていたが、何度聞いてもはぐらかされていたらしい。
栄一も独自に調べていたらしく、ヨウと同じ推測結果に辿り着いていた。
ハナは信じたくないようで、悲鳴を上げて、両手で顔を覆った。
栄一も、悔しそうに歯を食いしばっている。
栄一とヨウの意見が一致したところで、ハナが珍しく声を荒げた。
ハナの言葉に、ヨウは決意を固めた。
***
翌朝、研究所に向かおうとする蝶子を、ヨウは引き留め、ゆっくりソファに座らせる。
蝶子は目を丸くし、やや不満げな表情になる。
ヨウは黙って蝶子の隣に座り、彼女の双眸を真剣に見つめた。
蝶子の目からは、大粒の涙が溢れた。
図星だったらしい。
ヨウは優しく蝶子を抱き寄せる。
蝶子の細い指が、ヨウの腕をぎゅっと掴んだ。
泣き止むのを待って、数十秒後。
蝶子は、か細い声でそう答えた。
【第19話へ続く】