穏やかな日々が続いた。
蝶子は、残された時間をできるだけ今まで通りに過ごしながら、症状を遅らせる治療も、研究も、ヨウと過ごす時間も大切にしている。
大学だけは先に中退してしまったが、悔いはないらしい。
体調の良い日は研究を放り出して、ヨウと外に出てのんびりしたり、デートをしたり、2人だけの思い出を増やしている。
公園でのんびりしていると、突然ヨウは蝶子に勝負を持ちかけた。
スケッチブックと色鉛筆まで準備していて、蝶子に手渡す。
2人が笑っていると、近くでバドミントンをしていた栄一とハナがやってきた。
彼らは興味津々で、それぞれのスケッチブックを覗き込む。
4人の笑い声が響き、驚いた小鳥たちが一斉に空へと飛び立った。
***
蝶子がお手洗いに行っている間、栄一とハナがしみじみと言った。
蝶子の両親も、海外での研究を一度切り上げて、今度戻ってくるという。
思わぬ方向から感謝されて、ヨウは照れた。
栄一もまた、ヨウに何度も助言をくれた人だ。
なんてできた人なんだろうと、ヨウは思った。
ハナが彼の隣で、誇らしそうに微笑む。
栄一は照れくさそうに笑った。
その背後に、蝶子が杖をつきながらゆっくりと戻ってくる姿が見える。
ヨウは蝶子を迎えに行き、そっと寄り添った。
ヨウは笑い、蝶子の頭を撫でた後、ふと表情を引き締めた。
***
2123年、春。
蝶子は20歳の誕生日を迎えた。
屋敷には、蝶子の両親、栄一、ハナ、研究チームの面々が集まった。
――が、彼らの表情は、晴れやかなものではなかった。
蝶子はかなり衰弱しており、移動用の電動椅子に座ったまま、苦しそうに笑顔を作った。
もういつ〝その時〟が来てもおかしくない状態だったが、誕生日までは屋敷にいるのだと、蝶子が言って聞かなかった。
翌日、蝶子は意識を失って倒れ、病院に運ばれたが――数日後に、息を引き取った。
ヨウは、冷たくなった蝶子の手を握って看取り、涙を流した。
蝶子は言っていた。
ヨウは博士を恨み、それと同じくらい、感謝した。
【最終話へ続く】