蝶子の弔いが全て終わって、数日後。
ヨウはチームに復帰したが、もう研究の続きをする気はさらさらなかった。
ヨウは自ら研究チームに直訴し、記憶を消去してもらおうとしていた。
今なら、AIを好きなように研究できるし、上書きでもなんでも、思い通りだ。
ヨウは、他の世間一般のアンドロイドより抜きん出て優秀になっている。
そして、貴重な研究対象でもあるため、誰も協力したがらなかった。
また、アンドロイドの記憶を国の許可無く消すことは、法律上グレーだ。
いくら研究チームの一員とはいっても、アンドロイドに危害を加えたとみなされ、処罰される可能性がある。
それだけのリスクを冒して、協力してくれる相手は――。
ヨウが相手を思い浮かべた時、背後から声がした。
ヨウを煙たがって、研究員たちは一度部屋から出て行ってしまった。
噂を聞いて説得を任されたのか、隣の研究室から栄一がやってくる。
栄一の申し出は嬉しかったが、ヨウは首を横に振った。
自力で記憶を消すにしても、方法が分からないし、準備には相当な時間を要するだろう。
もう諦めるしかない、と思うヨウの前で栄一が小さく笑った。
そう言った栄一は、うっすらと涙を浮かべていた。
彼がどんな気持ちで、どれほどの覚悟を決めてそう言ってくれたのか、ヨウはやっと分かった。
ヨウは笑って、目を閉じた。
***
暗闇の中で、ヨウを呼ぶ声がする。
声のする方向へ進んでいくと、ヨウの足元から光の粒が広がり、周囲があの日の公園へと変わっていった。
白いワンピースを着た蝶子は、ヨウを見つけるなり溢れんばかりの笑顔を見せる。
駆け寄ってきた彼女を、ヨウはぎゅっと抱きしめた。
――それがたとえ、胡蝶の夢だとしても。
【完】
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!