第2話

博士の孫
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2021/05/19 04:00
夢咲 蝶子
夢咲 蝶子
とにかく、どうぞ上がって
ヨウ
ヨウ
……

学校にも事務員として働くアンドロイドが数人いるが、彼らは人間並みに感情が豊かで、ヨウほど暗い顔はしていない。


一体、ヨウに何があったのか。


蝶子の関心は、急激にヨウへと傾いていった。



***



今から約1年前、ヨウは夢咲博士によって生産され、コードと名前を与えられた。


アンドロイドたちは皆、国から仕事と住居を与えられ、それぞれの場所に派遣されていく。


ヨウもそうして、人間たちの役に立つ……はずだった。


なぜか、ヨウは他のアンドロイドたちに比べ、感情が乏しく、語彙も少なく、知識が圧倒的に足りない。


そのせいで、仕事をすぐには覚えられず、何度も何度も不良品として国に突き返された。


国も、ヨウの扱いに困り、修理をして欲しいとアンドロイド開発研究チームに送る始末。
研究員
研究員
どういうことなんだ?
AIに外から手を加えられないよう、ロックがかかってる
研究員
研究員
夢咲博士の生体認証プロテクトか……。
博士は一体、どうしてこんなことを

夢咲博士は、ヨウを生み出してすぐに亡くなった。


ヨウを修復できる人間はもういない、ということらしい。


それくらいは、ヨウにも理解できた。
研究員
研究員
困ったな……。
事業部は何て言ってる?
研究員
研究員
修復可能なら修復、無理なら処分は任せる、と。
この場合、法律的にも我々は処罰の対象にならないそうです
研究員
研究員
しかし、夢咲博士の意図も汲まないまま処分というのも……
研究員
研究員
ひとまず、シャットダウンしますか。
このままだと使えないのは確かですし、調べて何も出なければ処分しましょう
研究員
研究員
……ふむ。
それもそうだな

ヨウは彼らの目を盗み、咄嗟に逃げ出した。


なぜそんな判断をしたのか、ヨウ自身も分からないまま。


自分の中のプログラムが教える方向へ走って走って、走り続けた。


半日以上走ったところで、ヨウはそれが緊急時避難プログラムの作用だったと理解した。


しかし、たどり着いた屋敷には、誰もいない。
ヨウ
ヨウ
博士……

ヨウは力なく玄関前に座り込み、目を閉じた。



***



ヨウを屋敷に招き入れてくれた女の子は、名を夢咲蝶子と言った。


博士の実の孫らしい。
夢咲 蝶子
夢咲 蝶子
落ち着くとこなら、どこでも座ってもらって構わないから

蝶子の言葉に、ヨウはもう逃げなくていいのだと悟り、深く息を吐いた。


感情の乏しいヨウには、この胸の奥が落ち着くような感覚が何なのか、いまいち分からない。
夢咲 蝶子
夢咲 蝶子
事情を話してもらってもいい?
私も、アンドロイド開発については勉強しているから、多少なら分かると思う
ヨウ
ヨウ
……はい、話します

ヨウは、ここに辿り着いた経緯を淡々と話した。


幾度となく不良品として扱われていたことや、処分されそうになっていたことを聞いた蝶子は、表情を歪める。
ヨウ
ヨウ
それで、ここに来ました
夢咲 蝶子
夢咲 蝶子
なるほど……。
話してくれてありがとう。
おじいちゃんはこの事態を見越して、念のため避難プログラムを残したのかな

博士がヨウを守ろうとしていたことは、確かだ。


蝶子もヨウの話を信じて受け止めてはくれたものの、どこか研究員たちと同じような目でヨウを見ている。
ヨウ
ヨウ
知っているかもしれませんが、私たちアンドロイドの思考は、国のネットワークに繋げられ監視されています。
私がここに来たことも、いずれ調べられると思います
夢咲 蝶子
夢咲 蝶子
あ、うん……

逃げたってすぐに捕まえられるのは、ヨウ自身が最もよく理解している。


アンドロイドは国のものであり、人間によって傷つけられることも占有されることもない。


法律でそう守られているのに、国はヨウを見捨てた。


最後の望みは、目の前にいる蝶子だけだ。


ヨウは蝶子をじっと見つめ、縋った。


【第3話へ続く】

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