第12話

初めてのおつかいと、春色ランチ-2
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2022/05/24 09:00
 特段、なにもしていないのに、女性だというだけで?
 今日から働くというのに、先行きが不安過ぎる。
 初めてカフェで会った時、にこやかに対応してくれた彼は、幻だったのだろうか──。
 若干、めまいを感じて廊下の壁に寄りかかる。
 すると、足もとになにか柔らかいものが纏わりついてきた。
サブロー
気にすることはないよ、詩織姉さん。
アレはただ、うぶ・・なだけさ
 それはぽっちゃりした三毛猫だった。
 白、茶、黒のキジ三毛で、三毛猫としてはなんとも珍しい雄猫である。
 その子は、すりすりと私の足に顔を寄せると、三叉に分かれた尻尾をぴんと立てて、ご機嫌で喉を鳴らした。
橘詩織
橘詩織
そうかなあ……
 私はその子を抱き上げると、柔らかい毛並みに顔を埋めた。
 この子の名前はサブロー。
 青藍さんの配下で、あやかしの猫又だ。
 そう、このサブローこそが私のボディガード。
 本人いわく、戦うと結構強いらしいのだが、幸いなことにそれを確認する機会は未だ訪れていない。
 彼はどこに行くにも私の傍に付いてきてくれ、色々と教えてくれる頼りになる子なのだ。
 サブローはザラザラした舌で私の頬を舐めると、しんみりした口調で言った。
サブロー
あやかしには、色々と事情があるもんさ。
そのうち知る機会もくるんじゃないかな。
それにいいじゃないか。
詩織姉さんには、オイラがいるだろ? 朔の兄さんにちっとばかし冷たくされたって、構わないよ
橘詩織
橘詩織
サブロー……!
 ああ、なんて愛らしいボディーガード!
 感激のあまり、思わず身が震える。
 猫又は言葉が通じる分、猫特有の理不尽さが薄く、可愛さが天井知らずだ。
 こればっかりは、あやかしが視えるようになってよかったかもしれない。
 するとサブローは、飴玉みたいにまんまるの瞳で私をじっと見ながら、少し照れ臭そうに言った。
サブロー
姉さんはオイラが守る。
青藍姐さんに任されたんだ。頼りにしてよ
橘詩織
橘詩織
……あああ。サブローが人間だったらなあ!
 嬉し過ぎる言葉に、サブローを強く抱きしめる。
 浮気したあげく、私を捨てたあの男とは、比べ物にならないくらいに男前だ!
 すると、まるで液体のように柔らかな肢体を持つサブローは、ぬるりと私の腕から逃げ出すと、とん、と廊下に降りて、苦笑交じりに言った。
サブロー
なにはともあれ、アレは気にしないでいいよ。
多分だけど、朔の兄さんがあんな反応をしたのは、詩織姉さんの恰好が、兄さんから見て破廉恥だったからだろうし
橘詩織
橘詩織
はれんち
サブロー
そう、破廉恥!
 ……これが?
 もう一度、自分の恰好を見下ろす。
 パステルカラーのふわふわのパーカーに、同素材のハーフパンツ。
 ごくごく一般的な部屋着だ。
 この服が破廉恥だなんて言われたら、なにを着たらいいかわからない。
 ……って、まさか。
橘詩織
橘詩織
服じゃなくて、実はアラサーのすっぴんがキツかったんじゃ……?
サブロー
いや、姉さん。違うって
 空恐ろしくなって、考えるのを止める。
 サブローがなにか言っているけど、まったく頭に入ってこない。
 私は、少しふらつきながら洗面所に向かって歩き出した。
橘詩織
橘詩織
(……明日からは、すっぴんのまま出歩かないように注意しよう)
私は、心に固く誓ったのだった。

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