特段、なにもしていないのに、女性だというだけで?
今日から働くというのに、先行きが不安過ぎる。
初めてカフェで会った時、にこやかに対応してくれた彼は、幻だったのだろうか──。
若干、めまいを感じて廊下の壁に寄りかかる。
すると、足もとになにか柔らかいものが纏わりついてきた。
それはぽっちゃりした三毛猫だった。
白、茶、黒のキジ三毛で、三毛猫としてはなんとも珍しい雄猫である。
その子は、すりすりと私の足に顔を寄せると、三叉に分かれた尻尾をぴんと立てて、ご機嫌で喉を鳴らした。
私はその子を抱き上げると、柔らかい毛並みに顔を埋めた。
この子の名前はサブロー。
青藍さんの配下で、あやかしの猫又だ。
そう、このサブローこそが私のボディガード。
本人いわく、戦うと結構強いらしいのだが、幸いなことにそれを確認する機会は未だ訪れていない。
彼はどこに行くにも私の傍に付いてきてくれ、色々と教えてくれる頼りになる子なのだ。
サブローはザラザラした舌で私の頬を舐めると、しんみりした口調で言った。
ああ、なんて愛らしいボディーガード!
感激のあまり、思わず身が震える。
猫又は言葉が通じる分、猫特有の理不尽さが薄く、可愛さが天井知らずだ。
こればっかりは、あやかしが視えるようになってよかったかもしれない。
するとサブローは、飴玉みたいにまんまるの瞳で私をじっと見ながら、少し照れ臭そうに言った。
嬉し過ぎる言葉に、サブローを強く抱きしめる。
浮気したあげく、私を捨てたあの男とは、比べ物にならないくらいに男前だ!
すると、まるで液体のように柔らかな肢体を持つサブローは、ぬるりと私の腕から逃げ出すと、とん、と廊下に降りて、苦笑交じりに言った。
……これが?
もう一度、自分の恰好を見下ろす。
パステルカラーのふわふわのパーカーに、同素材のハーフパンツ。
ごくごく一般的な部屋着だ。
この服が破廉恥だなんて言われたら、なにを着たらいいかわからない。
……って、まさか。
空恐ろしくなって、考えるのを止める。
サブローがなにか言っているけど、まったく頭に入ってこない。
私は、少しふらつきながら洗面所に向かって歩き出した。
私は、心に固く誓ったのだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!