第10話

第一章(5)
380
2021/08/17 09:00
先に動いたのはピンクの魔女。
レースの扇をぴしりと広げ、小鳥のさえずりのような声で恋の詩でも読むように、その呪文を詠唱し始める。
ピンクの魔女
炎、ここに現れ至れ
その言葉に応えるように、ぼんやりと黒い炎が生まれる。
ピンクの魔女
──それは黒薔薇捧げられた真白き墓標の守り手。それは永劫の眠りへの導き手
炎は輝き、ゆらめき。
ピンクの魔女
それは弔いの鐘とともに泣き歌うもの。与えられた役目、それは死の予兆
しだいに大きく『成長』していく黒炎。
ピンクの魔女
そして私は、新たな役目を与えるものなり! ──応えよ!
声とともに黒炎ははじけて──
ピンクの魔女
さぁ、おいでなさいな『チャーチグリム』‼
それは──子馬より大きな黒犬の形をとった。
クロエ・ノイライ
クロエ・ノイライ
幻獣召喚魔法……!
魔法。そう一口に言われるが、実際にはさまざまな魔法系統が存在している。
たとえば、火精や水精といった元素の精にそれぞれの力を振るわせる。他人の精神に干渉し、操る。その逆に自分の精神──すなわち頭脳に働きかけることで、さまざまの知恵や知識を湧き出させる。魔器と呼ばれる魔法の道具を作り出す、あるいは召喚し一時的に借り受ける。
幻獣召喚も魔法系統のひとつであり、これはかつて世界に存在した、あるいは今もなお存在している『幻獣』を召喚し、一時的に使い魔とする魔法だ。
緋野蒼司郎
緋野蒼司郎
それにしても、あの黒犬は見たことのない幻獣だな。ヨーロッパや合衆国固有のものなのか?
ソウジロウが不思議そうに呟く。
クロエ・ノイライ
クロエ・ノイライ
ヨーロッパ全体……というよりはイギリスの伝承からだね。あのチャーチグリムというのはね、ブラックドッグという幻獣の一種なの。本来であれば、ブラックドッグは死を予兆させる恐ろしい存在なのだけど、チャーチグリムは墓場を守る役目を与えられていて、死者の眠りを妨げる墓荒らしを追い払う番犬だよ
緋野蒼司郎
緋野蒼司郎
なるほど
そんな風にクロエたちが話している間に、ピンクの魔女は黒犬──チャーチグリムに、ひらりと横座りで騎乗した。
クロエ・ノイライ
クロエ・ノイライ
……!
ピンクのローブ・ア・ラ・フランセーズの魔女が何か指示を出すと、チャーチグリムが咆吼する。その口からは炎が噴き出し──まっすぐに紫の魔女へ向かっていく。
クロエ・ノイライ
クロエ・ノイライ
……
対するバッスルドレスを纏った紫の魔女はというと、ゆったりと小花柄の日傘を広げ、盾のように前に突き出しただけだ。
まさか──あれで炎を防ごうとでもいうのだろうか?
観客たちの動揺をよそに、紫の魔女は落ち着いたしっとりとした声で、けれども素早く呪文を紡ぎ出す。
紫の魔女
着飾りし、氷の城に乙女らは住まう。さあ、舞踏会を始めましょう。永遠の凍土の上で踊りましょう。──それは終わらぬことを願われた輪舞
ぱきぱき、ぱきぱき、と音を立てて、紫の魔女の足下から氷の柱が次々と生まれる。そして、可憐な日傘の前には、氷の花をいくつも咲かせた巨大な氷の壁が現れた。
それは、チャーチグリムの吐いた炎を完全に防いでみせたのだ。
炎と氷の共演。
歓声に包まれながらも、若き魔女たちは次なる魔法を展開するために、再び呪文を紡ぐ──
その様子を一瞬たりとも見逃すまいと、クロエ・ノイライとソウジロウ・ヒノは真剣な眼差しでステージを見つめていた。

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