第14話

第一章(9)
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2021/09/14 09:00
ソウジロウはお茶のマナーも堂に入ったものだった。クッキーをかじる姿さえも美しい。外国人ということで、変なお茶の飲み方をされたらどうしよう、と密かに思っていたのだが、そんな心配はいらなかったようだ。
クロエ・ノイライ
クロエ・ノイライ
お国からはずっと船で来たの?
緋野蒼司郎
緋野蒼司郎
合衆国まで船旅だった。そこから列車を使って横断して、そこからまた船でアトランティスまで来たんだ
クロエ・ノイライ
クロエ・ノイライ
船かぁ。外国まで行く船ってなるとすごく大きいんだよね
緋野蒼司郎
緋野蒼司郎
まぁ、そうだな。俺の乗った船は南の島々にも寄港して、それから合衆国へ向かうものだったから、船旅も長くて。そのせいで髪がこんなに伸びてしまった
と、ソウジロウは首の後ろでくくった黒髪をつまんで、クロエに見せてくれる。
つやがあってなめらかそうで、綺麗な髪だ。きっと手入れも怠っていないのだろう。髪紐は模様入りの硝子玉が編み込まれた赤い紐で、いかにも異国情緒を感じられる品物だ。
クロエ・ノイライ
クロエ・ノイライ
私は男の人の髪型のことはよく知らないけど、ソウジロウには似合うと思うよ
緋野蒼司郎
緋野蒼司郎
……ありがとう。実は自分でも少し気に入ってるんだ
頰をわずかに赤く染めるソウジロウは、可愛らしい。男でも美人というのは羨ましいと、クロエは心の片隅で思った。
こんな綺麗なパートナーがいることはちょっと誇らしくもある。
アルストロメリア学園で教師や学生が思い描く理想のペアというのは、人それぞれではある。あるものは恋人同士かそれに近い関係になるべきだというし、あるものはあくまで学業上の関係が望ましいともいう。それこそ、ペアによりけりだと唱えるものもいる。
クロエ個人としては、パートナーというのはなるべく親しくすべきものである、と思っている。その方が学生生活がスムーズなのもあるし、何よりいがみあっているよりは楽しいはずだ。
クロエ・ノイライ
クロエ・ノイライ
へぇ、合衆国に叔父様が住んでいるのね
緋野蒼司郎
緋野蒼司郎
一族からは変わり者扱いの叔父なんだが、気のいい人でね。入学試験まで滞在させてもらってたんだ
二杯目の紅茶を飲みながら、ソウジロウの話を聞く。アトランティス島からほとんど出たことのないクロエにとって、彼の話は興味深いことだらけだ。
クロエ・ノイライ
クロエ・ノイライ
入学試験……
緋野蒼司郎
緋野蒼司郎
あぁ、クロエも受けたんだろう? 入学試験
ソウジロウがまばたきを三回ほどしてから、こちらを見つめてきた。
クロエ・ノイライ
クロエ・ノイライ
私、アルストロメリア学園の入学試験受けてないよ。通ってた中等学校から推薦を受けて入ったから。適性検査だけは受けたけどね
緋野蒼司郎
緋野蒼司郎
そういうのもあるのか……地元、恐るべし……
クロエ・ノイライ
クロエ・ノイライ
といっても、私の通ってた学校からは二人だけしか推薦なかったけどね。私と、もう一人だけだね
緋野蒼司郎
緋野蒼司郎
……厳しいのはどこも一緒なのか、アルストロメリア学園恐るべし……だな
クロエ・ノイライ
クロエ・ノイライ
そりゃそうだよ、アルストロメリア学園の制服はこの島の子みーんなの憧れの的なんだもの
そう言って、クロエは制服のスカートをつまんでひらりと広げてみせた。
緋野蒼司郎
緋野蒼司郎
俺たちの席次は第七位だ。ということは、クロエは少なくとも四つ、あるいは五つの魔法系統が使えるんだな? アルストロメリア学園の席次十位以上の魔女志望生の条件は、四つか五つの系統の才があることだったからな
クロエ・ノイライ
クロエ・ノイライ
うん。私は火精、風精、肉体強化に、魔器召喚の四つだよ
魔女は少なくともひとつ、最高で五つの魔法系統を扱う才を持つ。魔法を使うには、その系統の才があり、同じ系統の魔呪盛装を身につけている必要がある。
たとえば──火精の魔法が使いたいのなら、火精系統の才を持つ魔女が火精魔法用に作られた魔呪盛装を纏うことが必要なのだ。
緋野蒼司郎
緋野蒼司郎
四つか。それもその系統なら……状況に合わせて組み合わせを変えていくのが良さそうだな
人間の身で同時につけられる魔呪盛装は三つが限度だ。
まず下着。それから衣服。あとは帽子だったりかばんだったり日傘だったりショールだったりの小物類となる。
緋野蒼司郎
緋野蒼司郎
ふむ……それなら火精魔法はドレスに持ってくるべきか、そして魔器召喚を小物類で……いや、だが、風精魔法もなかなかに……
ドレスのことを考え始めてしまったソウジロウに、温かい紅茶のおかわりを淹れるべく、クロエはそっと席を立った。
彼は、ドレスに対して真剣に向き合っている。
ならクロエも、真剣に向き合わないといけないだろう。これまで以上に。

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