第2話

チャプター2
56
2022/08/18 12:44
「……? 何かしら? 外が騒がしいけれど」

 不意に、グラウンドの方から喧騒が聞こえてくる。真はめぐりの声を聞いた後、意識を外へと向けた。

「……確かにな。喧嘩か?」

 立ち上がり、窓の方へと向かう。めぐりもそれに続き、2人は共に窓の外へと身を乗り出した。

「……人だかり? 喧嘩……じゃなさそうだな。何だろう?みんな空を見上げて」

「真。空じゃない。屋上よ」

「屋上?」

 言われたとおり真が屋上へと視線を移すと、そこにはひらひらと風に揺れる紺色の布のようなものが、かろうじてその視界の端に捉えられる。



 そしてそれは、女子生徒の穿くスカートの裾の部分のように見えた。



「いっ!?」

 人を落下させないために存在するへりの外に身体を置く少女。その様子を見て、1つの答えが彼の脳裏に浮かぶ。



 飛び降り自殺。女子生徒はその身を屋上から空へと放り投げようとしているのか。



「くそっ!マジかよ!」

 状況を確認すると、真は屋上へと向かって駆け出す。

「真!?どうするつもり?」

「どうって、放っておけないだろ!」

「……はぁ。お人好しなんだから」

 その背中を追いかけるように、めぐりの足も動いた。



 校舎の階段を全速力で駆け上がり屋上の重たい扉を開けると、生暖かい風がふわりと身体に触れる。



 2人が屋上の一角を見れば、確かに少女の姿があった。

 腰まで伸びる黒髪を後ろで結び、おさげにした、眼鏡の少女。

 屋上のへりに立ち、ふらふらと今にも身を投げそうな彼女に、真は叫んだ。

「おい!少し落ち着け!馬鹿な真似は止めろ!」

「…………?」

 声に気づき、少女は振り返る。

「……あなたたちは、誰?何しにここに来たの?」

「君の話を、聞きに来た」

 少しずづ歩を進め、彼女に近づく真。

「……待ちなさい、真」

「なんだよ、宿星」

「説得は私がするわ」

「だ、大丈夫かよ……いや、俺もこう言う時どうしたらいいかよく分からねえけどさ」

 そんなことを言い合いながら、めぐりは真を払いのけるようにして前に出た。

「ねえあなた。そんな事しても何も解決しないわよ?」

「……何よ。貴方に何がわかるの?」

 顔を少しこちらに向け、眼鏡の奥に有るもうすでに死んだような瞳で見つめるおさげ少女。

「さぁ、何もわからないわ。けど1つだけ。そこから飛んでも何も変わらないのだけはわかるわ」

「……変わらない?」

「ええ。ここは4階。落ち方によって即死は免れる。しかももう騒ぎになってしばらく経つから、じきに下には保護用のネットが張り巡らされるもの。重症にはなるでしょうけど、病院でしばらく入院する程度よ。親や回りに迷惑をかけながらね」

 紡いだ言葉はすべて、彼女の“ハッタリ”だった。そのようなものがグラウンドに設置される様子は、まだ見られない。

 義手を少女に向かって差し出しながら、めぐりは問いかける。

「……でも、今ならきっと変わるわ。なんたってこの私が話を聞いてあげるんだもの。なんでそんなことをする気になったのか、少し私に話してみない?死ぬのは別にそれからでも遅くはないはずよ?」

「…………」

 自殺志願の少女は少し逡巡した後、ゆっくりと、そしてにわかには信じがたい話を始めた。



「私、超能力者なの」



「……はい?」

 相手が今、何を言ったのか理解できない真。

「……あら奇遇ね。私も超能力者なのよ」

「いや、お前は黙ってろって。話がややこしくなるから」

 真のツッコミに、めぐりは手を広げやれやれとポーズを取る。そして、続きを促すように、少女へと視線を向けた。

 おさげの少女は続ける。

「……本当よ。私は、他の人の目には認識できないほどの速さで移動することができる。いわゆる超スピード能力を持っているの」

「超スピード能力って……痛いって!」

「どうぞ。続けて」

 真の頭を叩いてから、めぐりは少女に続きを促す。

「……私は1人だったから。今まで彼氏も、友達もいない。でもある日この能力を身に着けたことで、その孤独を紛らわせるためにあることを始めたの」

 めぐりは視線を少女の足元においてあるかばんへと向ける。開いたチャックの中にある財布は、一介の高校生が持つにしては不自然に高価だ。

「……それは万引き。私は、本屋やコンビニで万引きを繰り返したの」

 うつむき、唇を噛む少女。

「……でも、昨日本屋で、いつもみたいに能力を使って本を盗った後、かばんに入れようとした時……店員さんに見つかって……」

「……超能力を使えるのに?」

「……能力を使う前と使った後で、立ち位置と、姿勢が違ってた。それを見られたのよ。それで違和感を持たれて、かばんの中身をチェックされた」

「……なるほどね」

 そりゃ間抜けなことだな、と内心つぶやく真。めぐりは気にせず問いかけた。

「それで? あなたは目撃されてどうしたの?」

「当然、慌てて本を捨てて、その場から逃げたわ。証拠不十分で、警察や学校がこの件で動くことも、おそらくないと思う」

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