第3話

チャプター3
50
2022/08/18 12:44
 たしかに、超スピード能力もあるなら、なおさら証拠を抑えられたとは思えない。それならなぜ彼女は今飛び降りようとしているのだろうか。真の疑問を代弁するかのように、めぐりは少女に問いかけた。

「でも、万引きがバレただけで、この状況を?」

「……違う。それだけじゃない」

 少女は少しだけ空を仰ぐ。何かを思い出すように。

「……目撃されたの、この学校の先輩だったのよ。サッカー部で、いつもみんなの中心にいて、私なんかにも話しかけてくれる優しい先輩」

「……憧れの先輩ってやつか」

「そうね。憧れていたのかもしれない」

「憧れていた先輩に万引きもバレて、私が盗もうとした本も見られて……そんな状況に、私は耐えられなくなった」

 すべて彼女自身の自業自得なのだが、少女にとって耐えがたい屈辱と後悔をもたらしたのだろう。

「……ちなみに、どんな本を盗んでいたの?」

「それはあなたには関係ないでしょう?」

「……それもそう、ね」



 飛び降り自殺を考えさせるほどの本。その本に興味を持つめぐりだったが、このまま押しても答えは得られないだろうと思考を切り替える。

「……なるほど。事情はよくわかったわ」

「いやいや、ぜってぇ嘘だろ」

 話を聞いていた真が、めぐりの言葉を遮るように喋り始めた。

「そんなマンガや映画みたいな能力、本当にあるわけ無いって。」

 ぴくりと、めぐりの眉が動く。

「嘘じゃないとしたら、言っちゃ悪いけど君は中二病的な妄想に囚われているんだ。今までは、たまたま運良く見つからなかったってだけでさ」

「……運良く?」

「ああ。偶然だ。そんな能力、君には元から無いんだよ。事実、その先輩にはバレちゃったんだろ?」

「別に信じてもらえなくてもいいわ。どうせ私は今から死ぬのだから」

 少女は踵を返し、再び身体を屋上の外へと向ける。

 めぐりは、真を横目で見ながら「まったく……」とつぶやきながら言葉を続ける。

「あんたがこれ以上ここに居たところで、役に立たないわ。ここは私1人で十分だから、屋上から消えてくれるかしら?」

「は?なんだよ、いきなりそんな言い方って!」

 感情が高ぶる真をなだめるかのように、めぐりは左腕で数回、真の頭頂部を叩く。小気味のいい音が辺りに響いた。

「い・い・か・ら!」

「痛い!痛い痛い!痛いって!お前、義手で叩かれるって痛いんだぞ!」

「知ってるわよ。私の腕だもの。……いいから、あんたは大人しくこの場から立ち去る!わかった?いい子だから、言うこと聞きなさい」

 すると一瞬ではあるが、真はハッとしたような表情を作った。

「……わかったよ。俺はもう知らないからな」



 そう言い残し、真は屋上から立ち去る。金属製の扉を閉める重たい音。その直後、ガチャリと南京錠を掛ける音が聞こえた。

 めぐりはその音を聞き、少し安堵した。

「…………」

 少女はやり取りを聞き、再び身体をめぐりの方に向けた。残された2人は、互いにその視線を相手に向ける。

 その静寂を破ったのは、めぐりだった。

「……?」

 ゆっくりと歩みをすすめるめぐり。落ち着いた足取りで、少女への距離を詰める。

「ち、近づかないで!」

 しかし、めぐりは途中から方向を変え、少女から7、8メートル離れた場所、そこのへりの上に立った。



「……結構高いわね。あなたの勇気、素直に称賛を送るわ」

 真下を覗き込みながら感想を述べるめぐり。

「……どういうつもりなの?」

「これから、私とゲームをしましょう」

「……は?」

 驚いた少女に、めぐりは畳み掛けるように続けた。

「私は今から、あなたよりも先にここから飛び降りるわ」

「……何を言っているの?」

「見ての通り、あなたと私の距離はかなり離れているし、あなたはそれほど体力や瞬発力があるようにも見えない」

「…………」

「もしあなたの言っているスピード能力が嘘なのなら、私はここから落ちて死んでしまうでしょう。……でも、もしあなたの言ってることが本当なのなら、逆にこのくらいの距離なら一瞬で詰める事が可能でしょうし、私が落ちてしまう前に引き止められる。そうよね?」

「……それが勝負とでも?」

「そ。面白い勝負でしょう?」

「馬鹿げているわ。私がそんな勝負に乗る理由は――」

「そうそう、ゲームは公正でなければいけないから、私の秘密も教えましょう」

 めぐりは少女の言葉を遮り、自らの左腕を顔の前に掲げる。

「実はね、さっきも言ったように私もあなたと同じ、ちょっと特殊な能力を持っているの」

「そんな嘘、信じるとでも?」

「私の能力は、左腕、つまりこの義手で触れた相手の心を読み取ることが出来る」

 めぐりは少女に義手を見えるように動かす。

「相手の考えている事や、そしてさらにその人の記憶を探ることができる。……そして、その逆も」

 サイコメトリーに近しい能力。めぐりの言葉を、少女は信じるかどうか迷っていた。

「1年ほど前、“とある事故”で左腕を失ってから、この力に目覚めたの。自分でも不思議な事にね、欠損していない右腕ではこの能力は発揮できないし、左腕でも義手を装着した状態じゃないと、やっぱり力を使うことが出来ない」

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