たしかに、超スピード能力もあるなら、なおさら証拠を抑えられたとは思えない。それならなぜ彼女は今飛び降りようとしているのだろうか。真の疑問を代弁するかのように、めぐりは少女に問いかけた。
「でも、万引きがバレただけで、この状況を?」
「……違う。それだけじゃない」
少女は少しだけ空を仰ぐ。何かを思い出すように。
「……目撃されたの、この学校の先輩だったのよ。サッカー部で、いつもみんなの中心にいて、私なんかにも話しかけてくれる優しい先輩」
「……憧れの先輩ってやつか」
「そうね。憧れていたのかもしれない」
「憧れていた先輩に万引きもバレて、私が盗もうとした本も見られて……そんな状況に、私は耐えられなくなった」
すべて彼女自身の自業自得なのだが、少女にとって耐えがたい屈辱と後悔をもたらしたのだろう。
「……ちなみに、どんな本を盗んでいたの?」
「それはあなたには関係ないでしょう?」
「……それもそう、ね」
飛び降り自殺を考えさせるほどの本。その本に興味を持つめぐりだったが、このまま押しても答えは得られないだろうと思考を切り替える。
「……なるほど。事情はよくわかったわ」
「いやいや、ぜってぇ嘘だろ」
話を聞いていた真が、めぐりの言葉を遮るように喋り始めた。
「そんなマンガや映画みたいな能力、本当にあるわけ無いって。」
ぴくりと、めぐりの眉が動く。
「嘘じゃないとしたら、言っちゃ悪いけど君は中二病的な妄想に囚われているんだ。今までは、たまたま運良く見つからなかったってだけでさ」
「……運良く?」
「ああ。偶然だ。そんな能力、君には元から無いんだよ。事実、その先輩にはバレちゃったんだろ?」
「別に信じてもらえなくてもいいわ。どうせ私は今から死ぬのだから」
少女は踵を返し、再び身体を屋上の外へと向ける。
めぐりは、真を横目で見ながら「まったく……」とつぶやきながら言葉を続ける。
「あんたがこれ以上ここに居たところで、役に立たないわ。ここは私1人で十分だから、屋上から消えてくれるかしら?」
「は?なんだよ、いきなりそんな言い方って!」
感情が高ぶる真をなだめるかのように、めぐりは左腕で数回、真の頭頂部を叩く。小気味のいい音が辺りに響いた。
「い・い・か・ら!」
「痛い!痛い痛い!痛いって!お前、義手で叩かれるって痛いんだぞ!」
「知ってるわよ。私の腕だもの。……いいから、あんたは大人しくこの場から立ち去る!わかった?いい子だから、言うこと聞きなさい」
すると一瞬ではあるが、真はハッとしたような表情を作った。
「……わかったよ。俺はもう知らないからな」
そう言い残し、真は屋上から立ち去る。金属製の扉を閉める重たい音。その直後、ガチャリと南京錠を掛ける音が聞こえた。
めぐりはその音を聞き、少し安堵した。
「…………」
少女はやり取りを聞き、再び身体をめぐりの方に向けた。残された2人は、互いにその視線を相手に向ける。
その静寂を破ったのは、めぐりだった。
「……?」
ゆっくりと歩みをすすめるめぐり。落ち着いた足取りで、少女への距離を詰める。
「ち、近づかないで!」
しかし、めぐりは途中から方向を変え、少女から7、8メートル離れた場所、そこのへりの上に立った。
「……結構高いわね。あなたの勇気、素直に称賛を送るわ」
真下を覗き込みながら感想を述べるめぐり。
「……どういうつもりなの?」
「これから、私とゲームをしましょう」
「……は?」
驚いた少女に、めぐりは畳み掛けるように続けた。
「私は今から、あなたよりも先にここから飛び降りるわ」
「……何を言っているの?」
「見ての通り、あなたと私の距離はかなり離れているし、あなたはそれほど体力や瞬発力があるようにも見えない」
「…………」
「もしあなたの言っているスピード能力が嘘なのなら、私はここから落ちて死んでしまうでしょう。……でも、もしあなたの言ってることが本当なのなら、逆にこのくらいの距離なら一瞬で詰める事が可能でしょうし、私が落ちてしまう前に引き止められる。そうよね?」
「……それが勝負とでも?」
「そ。面白い勝負でしょう?」
「馬鹿げているわ。私がそんな勝負に乗る理由は――」
「そうそう、ゲームは公正でなければいけないから、私の秘密も教えましょう」
めぐりは少女の言葉を遮り、自らの左腕を顔の前に掲げる。
「実はね、さっきも言ったように私もあなたと同じ、ちょっと特殊な能力を持っているの」
「そんな嘘、信じるとでも?」
「私の能力は、左腕、つまりこの義手で触れた相手の心を読み取ることが出来る」
めぐりは少女に義手を見えるように動かす。
「相手の考えている事や、そしてさらにその人の記憶を探ることができる。……そして、その逆も」
サイコメトリーに近しい能力。めぐりの言葉を、少女は信じるかどうか迷っていた。
「1年ほど前、“とある事故”で左腕を失ってから、この力に目覚めたの。自分でも不思議な事にね、欠損していない右腕ではこの能力は発揮できないし、左腕でも義手を装着した状態じゃないと、やっぱり力を使うことが出来ない」
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。